兼ね合いって大事だと思う。太るのは嫌だけどアイスは食べたいって思った時に、ダブルサイズじゃなくてシングルにしようとか、おしゃれしたいけど校則もあるから先生に叱られない範囲で可愛くしようとか、そういうの。 あたしのことを妹の様に思っているらしい幼なじみの真田弦一郎も、あたしの生活態度を正すこととあたしに嫌われたくない気持ちの間で葛藤してるらしい。 そんな弦一郎の苦悩を横目で笑っているあたしの恋人の柳くんはどうなのだろう。 ねるねるねるねと柳くん 柳くんは弦一郎と違って怒鳴ったりしない。ただ、隣であたしが足を組んだり机に肘をついたり行儀の悪いことをすれば、声の代わりにぴしゃりと手が飛んでくる。あたしが「嫌いになるかも」と言えば弦一郎はたじろぐけど、柳くんは「そうか」と涼しい顔をしているだけだ。きっと彼の頭の中でデータで本当に嫌いにならない確立・・・と割り出されてしまっているのだろう。 柳くんは物事を理論的に考えて、自分の感情もその上にのっけてしまうので兼ね合いなんて必要ないのかもしれない。 小さいころに弦一郎に「食べたい菓子はなんだ」と聞かれて「ねるねるねるね」と答えたら「そんなもの食い物ではない」と一喝されたけど、結局弦一郎の部屋にはあたしのリクエストしたお菓子が用意されていた。(厳密にはねるねるねるねではなくてパチパチパッチンを間違えて買っていたけど) でもこの前、柳くんの家に行く途中に和菓子屋の前で「茶菓子は何が良い?」と聞かれて何となく「ねるねるねるね」と久しぶりに答えたらみごとに無視された。そして柳くん宅では綺麗な瓶に詰められて和紙で封された水飴を無言で出された。その上、あたしが水飴の食べ方が下手だったので思いっきり嫌そうな顔をされた。 「柳くんはさぁ」 あたしはお弁当の卵焼きをお箸で切り分けながら、正面に座る柳くんにむかって口を開く。今はお昼休みで、柳くんとあたしは中庭に備え付けられてあるテーブル席に陣取ってお昼ご飯を食べている。今日の柳くんのお弁当にはおいなりさんが入っていて、さっき一つ分けてくれた。あたしが油揚げをご飯からはがそうとしたらいつもの通り、ぴしゃりと手をはたかれてしまった。あたしは不満な気持ちを柳くんにぶつけるようにして聞く。 「あたしのことあんまり好きじゃない?」 「どういうことだ?」 「いつもあたしのこと茶道教室の生徒かなんかだと思ってもん。絶対」 「弦一郎と同じようにお前に甘くしてどうする。」 頭の良い柳くんはすぐにあたしの言わんとしていることがわかったらしく、少し不機嫌そうに呟いた。 「別に弦一郎と同じようにしてって訳じゃないもん。」 「だが、そういうことだろう。」 どうして、もう少し優しくして欲しいということがこういうことになるんだろう。あたしは悲しいのと悔しいのがちょっとずつ入りじって、美味しかった卵焼きの味も苦くなった。 「柳くんなんか嫌い。」 「そうか、結構だ。弦一郎にでも泣きつけばいい。」 「なんですぐ弦一郎を出してくんの。」 ちょっと口調を荒げて言うと、口論では珍しく柳くんが押し黙った。 あたしも変な雰囲気になったのと自分の気持ちがうまく伝わらなくて、思わず下を向いてしまう。 「俺がお前を甘やかしても弦一郎に勝てる確立はない。」 「え?」とあたしが顔を上げれば、柳くんは何故かお弁当箱からバランを箸でつかんでいた。柳くん、それ食べるやつじゃないよ。柳くんは気付いてるのかそうでないのか、バランを箸でつまんだまま、憂鬱そうにため息をついた。 「弦一郎の方が幼い頃からお前といるのだ。俺が同じことをやっても二番煎じだろう。」 柳くんは「お前のその性格には」とあわてたように付け足した。でも、柳くんのことだけはいつも見ているあたしには、柳くんが弦一郎に対して何か気持ちを抱えてしまっていることが解ってしまった。嫉妬とか対抗心とかそんな大したもんではないんだろうけど。でもその原因が夢中になっているテニスではなく自分だということにあたしの心が躍った。 柳くんの出す確立とそこから導き出される結果の中には、柳くんがあたしのことを好きって要素が少なくとも含まれているのかもしれない。そうだ、柳くんの物事の考え方ってそうだった。 嬉しさといつも冷静でそんなそぶり一切見せない柳くんが可愛くなって、あたしは笑いをこらえきれずに吹き出してしまった。そのまま堪えきれずに笑ってしまう。 まだバランを箸でつまんだままの柳くんが「ものを食べながら笑うな。はしたないぞ」と怖い顔をしていたけど、今だけは許して欲しい。こんな些細なことでこんなにも幸せになるなんて、あたし柳くんのこと好きで本当に良かった。 ------------------------10.04.05 |