カラカラとグラスの中の氷をストローで回しながらため息をつくと、向かいの席に座る忍足が同じように憂鬱そうな顔をした。その顔には一刻も早く家に帰りたいという彼の思いが表れていて、あたしだっていつまでもファミレスにいたいわけじゃないのに忍足の態度が意固地な気持ちを大きくさせる。








「もうお前、さっさと跡部んとこ行けや。」
「だって」
「だってもくそもないわ」








ファミレスに入店した直後から繰り返されるやりとりにうんざりしたように忍足が三杯目のコーヒーをすすった。ちなみにあたしは4杯目のオレンジジュースを空にしたとこだ。







「だいたい何で跡部がお前みたいなんと付き合ってんのかわからんし。」








忍足の言葉にあたしは喉にこみ上げてくる苦い物を飲み込んだ。






今まで生きてきた中で一番最悪な日といえる今日は、付き合っている跡部景吾と喧嘩をした日だ。今まであたしがデートを勝手な都合でドタキャンしても、あれ買ってこれ買ってって言っても、跡部が見たいと言って約束していたお芝居を難しそうでわかんないって理由で流行ってた恋愛映画に変更した時も、跡部はため息ひとつせずにあたしのわがままを全部聞いてくれた。





その跡部が、テニスのことを貶したくらいで怒るとは思わなかったんだ。
なんとなく今日は跡部がイライラしていたのは解ってたけど、何だかんだで部活を優先される不満から「テニスなんて」と言ってしまった。そんなあたしに怒鳴るわけでもなく、無言で不穏な空気を発した跡部は見事にあたしを無視してその場を後にした。今まであたしがどんなにごねても絶対に放っていったりしなかったのに。






そして、結局いつも跡部に許されているあたしは自分が心ない言葉を言った直後に後悔いたくせに、謝るというタイミングすら見つけられずに呆然と跡部の背中を見送った。もしかしたら戻って来てくれるのだろうかとしばらく待っていたのに跡部はその姿を見せず、ことの重大さに半泣きになりながらの帰り道で偶然会った忍足がいやがるのにも関わらず、ファミレスに引っ張り込んだ。









「でも、あんなくらいで怒ることないじゃん。」
「誰でも怒るわ。俺ら必死でテニスやってんのに」
「そんなの解ってるもん」











あたしが一番近くで跡部のこと見てるのに。と付け足すと忍足は眼鏡の奥の目を細めてあたしを見た。本来、忍足とは二人でお茶するなんて関係ではない。むしろお互いに敬遠している感じがあって、普段ならこうやって向き合ってるなんて考えられないくらいだ。今日はあたしが非常事態なだけで、忍足の方は一刻も早く腰をあげたいとさっきから「もう帰ってええ?」という言葉を何回も呟いている。








「だいたい、俺そんなに跡部と仲ええわけちゃうし」
「チームメイトじゃん、相談くらいのってくれたっていいでしょ。」
「跡部はの話とか全然せぇへんからわからん。」











「ええ加減、跡部んとこ行って謝ってきたらえーやん」
「えー謝んの嫌だなぁ」
「ほなフラれろ。」
「絶対いや。」
「謝んのとフラれんのどっちがええねんな」
「・・・どっちもやだ」






答えは解っているのに、素直に言えずに紙のナプキンに折り目をつけながら呟くと、忍足はとうとう席を立って、「お前めんどくっさ」と大声を出した。






「俺やったら、絶対付き合われへん!もっとよう考え」





そう言い捨てて、鞄を取って早足で出口に向かっていった。
机の上に残ったドリンクバー二人分の伝票に跡部なら全部払ってくれるのになぁとか、そんなことを性懲りもなく考えながら、あたしも制服を整えて席を立った。忍足には悪いことをしてしまったのでここはあたしが払おう。













大きな玄関から跡部の部屋までの道のりは初めて来た時以上にどきどきした。
ちゃんと謝れるかとか、謝っても許してくれなかったらどうしようという不安ばかりがあたしの心臓を襲って、本当に口からでそうなぐらいに気持ち悪かった。





でもさっきの忍足の言葉が頭をよぎる。謝るのと、跡部と一緒にいれなくなるの。



あたしが部屋に入っても、跡部は部活のメニューか何かの作業で机に向かったまんまでこっちを見ようともしなかった。でもそんな様子は割と普段からで、その横顔からはさっきの怒りが残っているのか読み取れない。
珍しくはないはずの沈黙も今は居心地が悪くてあたしは跡部に近づいて、その横顔に「あの、」と控えめに声をかけた。それでも跡部はこっちを見ない。







「跡部、さっきのごめんね。」






跡部の返事はなく、カリカリとペンを紙の上に走らせる音だけがあたし達の間にひびく。あたしは両手でスカートを握りしめて、おそるおそる次の言葉を口にする。







「あたし跡部がテニスしなくなったら嫌だよ。」




そこで跡部はやっとペンを置いて、こっちを向いた。眼鏡の奥の目はやっぱり表情が読み取れない。不安がいっそう大きくなったあたしに跡部が少しだけ口元をゆるめた。






「成長したじゃねーか」








その言葉で一気に不安がふっとんで、あたしは「うん」と首を大きく縦に振った。









「あたし我が儘言わないように頑張るね」
「全国終わったら思いっきり聞いてやるぜ?」








跡部がいつもの調子に戻ってあたしの頭をなでた。
触れられたところからいつも以上にくすぐったい感覚が広がってくような気がした。








「あと、跡部のこと好きな女の子、みんないなくなれって思ってごめんね。」







他に謝ることは無いかと探して頭に浮かんだことを言うと、跡部は無言のまま笑みを作った。そんな跡部を見つめながら、忍足へのお礼はドリンクバーだけじゃ足りない、そう思った。










アイラブユーに乗せて












---------------------------10.04.27
無口な跡部を書きたかった。