この前まで桜の花の中に薄い黄緑の葉っぱが混じっているなぁ、と思っていたらあっという間に桜の木はもう少し濃い黄緑色で埋め尽くされてしまった。
自転車をこぐと一本過ぎたらまた一本と、次々に葉っぱの緑色と葉の間から差し込む光があたしの視界の中をすべっていった。白石の好きな色ってこんな色だったけ、もうちょっと渋いのかもと、どうでも良いことを考えてあたしは自転車をこぐ足に力をいれた。






白石の家までは、この道路をずっとまっすぐ走って高速道路をくぐって銀行を右に曲がって川につきあたっら左に曲がって大きな公園を抜けてからすぐだ。日曜日の割には人がまばらであたしは自転車のスピードを遠慮なくあげることができる。



昨日、白石からもらったメールには『新人戦勝ったわー』という文章とともにトロフィー持ってピースする白石の画像が添付けられていた。ベットの上で伸びきっていた休日のあたしはその瞬間に飛び起きて小さく喜びの声をあげ。









大きな交差点の赤信号にブレーキをかける。
強めの風に歩道の脇に植えられてある植物が白い綿毛が一気に舞い上がって、隣のおじさんが不機嫌そうに顔の横で手を払う。あたしは綿毛が髪につくよりも、信号の色の変化が待ち遠しくて、焦る気持ちが自転車の前輪を少しだけ車道に押し出した。









、この信号変わるん遅いやろ」
「うん、中々変わらへん。」
「謙也はいつも無視して渡んねん。」
「危ないなぁ。」
「この前トラックにひかれかけてたわ。」
「えー。でもほんま遅い、まだ赤やで。」
「せや」
「うちは」
「うん?」
「うちは白石とおれるからずっと赤でも良いよ。」













そういえば、あの会話をした時は二人とも中学生でまだマフラーしてたな、と思い出す。白石の頬の赤さが寒さでなのか、あたしの言葉のせいなのかわかんなかった。卒業式の前でまだまだ寒かった頃だ。




一昨日は制服で昨日は部屋着だったけど、今日は今年初めての半袖に腕を通した。この半月くらいは白石が試合のための練習で会えなかったから、美容室に行って髪を切った。春と夏用の新しい服も、サンダルも買いに行った。全部、白石ってこんなの好きかなとかこういうのにしたら褒めてもらえるのかなって考えながら選んだ。








やっと信号が青に変わって、また力一杯に自転車をこぎ出す。




今は白石に会ったら一番になんて声をかけようか考えている。
「おめでとう?」「久しぶりに会えてうれしい?」「好き?」何を言っても白石は笑う気のは目に見えていて、あたしの口元は簡単に緩んでしまう。向こう側から歩いてきたお姉さんに怪訝な顔をむけられる。








「今度、新人戦あんのん土曜やろ?」
「うん。」
「じゃぁ、。日曜あけといてや」
「日曜?良いよ、あけとく」
「ほんで朝一で俺に会いに来て」
「じゃぁ頑張って早く起きるわ」
「そん時にはな、」
「何?」
「俺、優勝してるから」










銀行を曲がって川が見えてきたら、先月に二人で歩いた時が白石と会った最後だったことを思い出した。あの日からたった半月だけど泣きそうになったことも落ち込んだこともドキドキしたことも全部、白石に会ったら帳消しにされてしまうんだろう。

白石の苦しかったり辛かったりした練習も、全部昨日に精算されたのだろうか。でも、ちょっとだけでいいから、あたしに会って白石の嫌なことが吹っ飛んじゃうものもあればいいなぁ





約束の時間を5分過ぎてる。あたしがずっと白石のことを考えていたように、試合が終わった今の一瞬くらいはあたしのことを考えて欲しいと少し遅刻するような時間に出発してみたけど、結局あたしは白石に早く会いたくて全力で自転車を漕いでいる。















鞄の中の携帯が設定された白石の着信音で鳴りだしたけど、もうすぐ着くから手を伸ばすのはやめた。それよりも、今は風に吹かれた前髪を直してペダルを漕ぐ力を緩めて乱れた息を整えなければならない。






春一番であなたに逢いに




白石の家はこの公園を抜けたらすぐだ。








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自転車好きだな。