文化祭実行委員になってしまった。4月に図書委員やら海外交流委員なんかを決める時に、面倒くさくて私はまんまと何の委員会にも所属しないというポジションにありつけた。けれど夏休みが明けて、臨時の委員として文化祭実行委員なるものが発足されることになり何の役割も担っていない私と、同じように何もしてなかった面倒くさがりな男子が選ばれてしまった。どうやら、彼に任せて自分は楽に・・・っていくわけも無い。まぁ他の子が重複して委員をやるのもおかしな話だし、こうなったら腹を決めてきちんと仕事をやり遂げよう。













颯爽たる挙手。















文化祭の出し物は演劇・飲食物販売・展示の3つの種類に別れていて、各クラスで自分たちが何をやるのかを決めなければいけない。今日は6限目をホームルームにして、その話し合いを行う日だった。
このクラスを仕切っていかなければいけない私としては、一番楽に仕事をできるのは展示だ。何か一つのテーマを決めてしまえば(例えば氷帝学園の歴史とか)後は調査をして模造紙なんかに書きこんでそれなりの展示物を作ればいいだけで、一人一人の負担も少ない。
百歩譲っても飲食で、展示に比べれば少し大変かもしれないけれど準備さえきちんとすれば私がクラスメイト達をぎりぎりまとめられると思う。
演劇は練習やら舞台道具なんかで準備や拘束時間も長いし、何よりクラスがまとまらなければならないとか力を合わせるとかのメンタル面に大きく影響される。実行委員がそこに関わらなければいけないのは目に見えているので、はっきりいって演劇という項目はさけたかった。








幸いクラスメイト達は「文化祭でクラスで何を行うか決めたいと思います。」と黒板の前に立った私と無気力男子を前にあまり盛り上がることもなく、興味のなさそうな表情をしている者が多数だ。これなら展示でいけるかもしれない、と私は心のなかで小さくガッツポーズをとった。







「うちのクラスは部活に所属している人が多いので、拘束時間の少ない展示とかが良いと思うのですが」





午後だからだろうか少し眠そうな目もちらほらと見える中で、声を張り上げる。無気力男子は私の言葉にあわせて黒板にやっぱりやる気のなさそうな字で”文化祭の出し物について”と書いた。








「でも、食べ物も楽しそうだよ。」







そう言って声をあげた方に目をやると、家庭科部の女子が隣の席の子と「ねーっ」とやっていた。家庭科部の子が張り切ってくれるなら、結構良いのができるかもしれないなぁ、と思いながらその旨をみんなに伝える。黒板に”飲食店”という白い文字が増えた。







「演劇は?」

「2年はどこも演劇しないらしいぜ。」

「じゃぁ、演劇やっても3年に混ざるだけか。3年と並べられたらだめだよなー」

「やっぱ屋台とかじゃね?準備簡単なやつにしてさぁ」

「たこ焼きとかで良いんじゃん?」

「たこ焼きは3年生でやるクラスあるらしいので駄目です。」

「じゃぁかき氷とかは?」

「衛生の問題で氷とかも難しいと思います。」

「えーじゃぁ何があるんだよ。」





クラスの中でポツポツと意見が出始めて、それを脱線させないように私が口をはさむ。
少し鬱陶しそうな声も聞こえるけど、まぁその気持ちはわからなくもないのであまり気にせずに進行を続ける。けれど、またクラスに沈黙が訪れてしまった。







「他に何か良い案ある人はいますか?」







やる気を出されすぎるのも困るけど、出さなさすぎるのも困る。私は黙り込むクラスメイトを目の前にどうしたものかと考えを巡らせた。でも飲食店っている流れはできてるから、あとは家庭科部の女子にアイデアを貰えば…とさっき、飲食という意見を出してくれた子の方に目をやった。その子もちょうど私の方を見ていて、視線があい私が口をひらこうとしたその時。








「ちょっと良いかな?」






教室の後ろの席で教室のだらけた空気を変えるはっきりした声とともに、鳳長太郎君が手をあげた。春の体育祭ではうちのクラスの団長を任され見事学年優勝に導いた目立った性格ではないけど、その器用さと存在感でもっともリーダー的な存在の男子で、
今までクラスのやりとりを腕を組みながら観察しながら、じっと沈黙を守ってきた人物だ。





ちなみに私は一年生の時にクラスも全然違う鳳君に一人で一生懸命掃除する姿を見て好きになったと告白されている。その掃除は私が美化委員だったからしていたもので、自主的でも何でもなく与えられた自分の仕事をしていただけだったんだけど、そのことを説明する間もなく鳳君は「返事はいつでもいいから」と良い笑顔でその場を去ってしまった。
それから一週間後くらいに丁重にお断りしたんだけど「そんなに真剣に考えてくれて、やっぱりさんは良い子なんだね。」とちょっと残念そうな笑顔で言われ、その一週間はテスト期間中だったから返事が遅れたと私が伝える前に鳳くんは部活の練習に合流してしまった。そして2年に上がって同じクラスになった時に「君と同じクラスになれたから、すごく良い1年になる気がする」と笑顔で言われた。









それからは特に何も言われることなく、普通に話しかけられるくらいだ。鳳君はみんなに対してにこにことした笑顔で接するので今は私のことをどう思っているかは解らない。
私も鳳君もそういう話を周りに話す方ではないので、その事実を知ってる人はお互いの友達の数人くらいしかいないと思う。私も鳳君のことを決して嫌いなわけじゃないけどそんなことがあった分、どこがどうとは上手く言えないんだけど、ちょっとした苦手意識を彼に抱いてしまってる。






その鳳くんが真っ直ぐと天井に向かって腕をあげて自分の意見を言わんとしている。心の中でほんの少しだけ、お願いだから余計なことはしないでくれよ、と思ってしまったことは内緒だ。私はちょっとした不安を覚えながら「はい、鳳君」と彼を指名した。












「さっきから思ってたんだけど、みんなさんに任せすぎじゃないか!」







鳳君は自分の椅子から立ち上がって、みんなに訴えかけた。普段は優しい雰囲気を持つ彼が少し怒ったような口調で言うもんだから、窓の外とか夢の中へ意識を飛ばしていた生徒も何事かと鳳君の方に注目している。私は内心ひやひやとしながら「そんなことないよ、私の仕事だから大丈夫」と鳳君にアイコンタクトを試みたけど、不安そうな顔が逆の効果を発揮してしまったのか彼は良い笑顔で任せとけとばかりに私に頷いた後に、クラスのみんなに言った。










「それにせっかくの文化祭なんだから、みんなもっとやる気出さない?」







その言葉を鳳くん以外の誰かが言ったら、「何言ってんだあいつ」という空気が教室中を満たしただろう。しかし鳳君は好青年な外見を持ち、成績優秀で全国レベルのテニス部のレギュラーというこのクラス、いや学園でもかなり高い地位に立っている。しかもそれを鼻にかけることなんか一切なく、本人は自覚なんてしてないのだろうかという腰の低さと人当たりの良さがより一層彼の人気を際だてている。




その鳳君が私が今まで淡々とまとめた話の流れを、見事にひっくり返してきた。














「やっぱり演劇が良いんじゃない?鳳君が王子様でさぁ」

「じゃぁシンデレラとか?」

「良いねー、王道だから練習もしやすいし受けもいいよ。」











そんな鳳君に女子の嬉しそうな声があがる。
私はあわてて「いやでもみんな部活とかあるし」と口を挟む。そこでまた鳳君が「さん、」と私の言葉を制した。






「俺のことを気遣ってくれてるんだね、ありがとう。部活ももちろん大事だけど、俺だってこのクラスの一員だよ。クラスのことをおろそかになんてするつもりはない。やるからには精一杯取り組むつもりだよ。それに、2年のどのクラスも演劇をやらないなんて寂しいと思うな。他のクラスがやってないからこそやる価値もあるだろうし」







いや、気遣いとかじゃないですごめんなさい。と思う私の心とは裏腹に、鳳君の真剣な表情と口調に教室が静まりかえってみんなが耳を傾けているのがわかる。







「じゃあさ、白雪姫とか眠れる森の美女とか、王子様の出番が少ないのにしようよ!」







鳳君の熱意に当てられたのか、いやそもそも鳳君は人気者だ。一人の女子が黄色い声をあげながら提案した。鳳君はそちらに優しい眼差しをむける。








「ありがとう、僕もなるべくみんなの足をひっぱらないようにするよ。」







「まぁ、鳳が言うならなぁ」

「俺も演劇って思ってたんだけど、なんか言い出せなかったんだよなぁ」




クラスの男子達もなんとなく声に楽しそうなトーンが混じってきた。
一人の力でこんなにみんなのやる気がでるもんなんだなあ。やっぱりテニス部レギュラーの肩書きは伊達じゃない。クラス全体が演劇に気持ちが乗り出していて、面倒くさかったメンタル面は鳳くんが見事にまとめ上げたおかげで問題なさそうだ。でも鳳くんの言う通り、みんなでまとまってやるのも良いかもしれない。








私も鳳君の勢いに乗せられつつある中で、黒板に”演劇”という項目が増えて”配役・王子→鳳”と追記されている。
鳳くんはそれを満足そうに見た後に、もう一度私と視線を合わせてから、またクラスメイト達に向き合った。








「で、やっぱり主役はこんなにクラスのことを考えてくれてるさんが良いと思うんだけど!」









鳳君が汚れのない真っ直ぐな瞳で私を見ている。クラスメイト達は「王子からの指名!」とか「そうだな!ならあんまり忙しくないだろ」と勝手に盛り上がりだしている。私は目眩を覚えながら、クラスの出し物は演劇でも良いので自分がどの様にして主役の座から逃げられるかを考える。でも目の前の敵は思った以上に大きい。とりあえず私は黒板に”姫→”という文字が加えられないように、隣の男子からチョークを取り上げた。







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これ女の子の性格が違えばすごい普通に恋愛できる。