「あれ、ボールのストックあったっけ?」 誰もいない夜の部室に自分の独り言が響く。 手元の何枚も重なった書類は、部員達をサポートするための品を発注するためのものだ。この前の夏に3年生が引退して人数が減ったとはいえ百人以上いる部員に何がどのくらい必要なのか、考えていたら結構遅い時間になってしまっている。壁の時計はもうすぐ8時になるところだ。 部室のドアが開いて、そちらに目を向ければ日吉くんが立っていた。 他の部員は帰ってしまったのでもう残っている人はいないと思っていたけど、どうやら自主練していたようでまだTシャツと短パンに首にタオルをかけた姿だ。 日吉くんの方もあたしがいるとは思っていなかったらしく、少し驚いた様な顔をして「まだ残っていたのか」と呟いた。 「発注がまだまとまらなくて」 「いつまでかかってるんだよ」 日吉くんはぼそりとあたしの言葉に返事をする。 あたしは少しかちんと来たけれど、言い訳する気力もわかずに手元の作業に意識を戻した。 日吉くんは3年生が引退して氷帝の新しい部長になってから、少しカリカリするようになった。あの跡部先輩の後を引き継ぐことなんて簡単なことじゃないから上手くいかないことがあるのは当然だと思う。あたしだってマネージャーの三年生が引退して今まで頼り切りだったことが全部自分で考えてやらなければいけなくなったことにまだまだ慣れないし日吉くんの気持ちは解る。けれど、あたしにはなんとなく近づきがたくなった。 「日吉くん、帰らないの?」 「部員のデータまとめて練習メニュー組む。」 「ええ?今から?」 「明日からの練習の分だからな」 そう言いながら日吉君は棚からファイルを取り出してあたしの前に机を挟んで向かい合うようにして座った。その間、日吉くんはあたしの方に一切視線を向けなかった。 自分以外の人間には口を出させないという姿勢が表れてたけど、あたしはそんな日吉くんに向かって口を開く。 「あたしのもうすぐ終わるから、手伝うよ。」 「自分の終わったら帰れよ。」 「でも、それ一人でするの大変じゃん。」 「うるさいな。」 日吉くんのぴしゃりとした言いぐさにあたしはそれ以上何も言えなくなった。 跡部先輩は天才型の人で練習も努力も部長としての仕事も恐ろしいほどしていたけど、それがストレスになるタイプではなかった。でも最近の日吉くんはそれを同じようにこなそうとしている。しかも鳳くんや樺地くん、それにマネージャーのあたしにも頼ってくれなくて全部一人で背負い込んでいる。 あたしは練習着を着たまま黙々と作業を始めた日吉くんをちょっと睨んだ。 「日吉くん、頑張ろうね」 「何だよ、いきなり。」 「だってこれから日吉くんが部長なんだもん。あたしも頑張るね。」 「は試合でねーだろ」とぽろっとこぼした日吉くん。その直後に自分の失言に気付いたのか少し焦ったような顔であたしを見た。でもあたしだって一年半も日吉くんと同じ部活にいて、日吉くんのちょっときつい言動には慣れている。 「試合でないし練習もしないんだから、それ以外のことは全部あたしに頼めばいいじゃん。」 「何、」 「あたしだってマネージャー頑張る。」 「早くそれ貸してよ」と机の上に身を乗り出して、半ば強引に日吉くんの手元の部員達のデータを半分ほど取り上げて自分のできそうな仕事を探す。日吉くんはそれ以上は何も言わなくなって、あたし達は余計なことを一切喋らずに作業をした。 結局終わったのは余裕で10時を過ぎた時間であたし達は疲れからか駅までの道のりでも電車の中でも何も話さなかった。けれど、電車に揺られながら自分の肩に少しだけ触れる日吉くんの腕の感触を忘れないでおこうとあたしは思った。 -----------------------10.07.01 |