※前回より数か月前の二年生の梅雨のお話です。














「もーめっちゃ鬱陶しいわ」







窓の外に振り続ける雨を見て、忍足先輩が憂鬱そうに呟いた。
朝の曇り空が予感させた通り、お昼をすぎた辺りから大雨が降りだし雨足は強くなったり弱くなったりするけれど決して止むことはなく今も続いている。



学園の校庭やもちろんテニスコートも使用できる状態ではなく、テニス部の活動は室内での筋トレとミーティングに変更されている。










「おい、。」







斜め向かいに座っていた跡部部長にいきなり名前を呼ばれて、スポーツタオルをたたんでいたあたしはその手を止めて顔をあげた。







「俺達は監督のところで次の試合の指示を聞いてそのまま帰るから、あとのことは頼むぞ」






その言葉に「はい」と返事すれば、席を立った部長の後に樺地くんや忍足先輩もついて部室をでていって、レギュラー専用の部室にあたしはひとり残された。
これが終われば、他に仕事もないのでさっさと終わらせて戸締りをしてしまおうとあたしはタオルを畳む手を早めた。今日は三年生のマネージャーの先輩がお休みであたし一人でレギュラーのサポートをできるか不安だったけど、雨のせいもあって仕事も少なくて問題なく終わった。


そんな気疲れを自分で感じながら、これからの関東大会と全国大会が終わったら先輩達もいなくなって全部自分で考えてやっていかなければならなくなるのにと思いながら、あたしは席を立って畳み終わったタオルを部員一人一人の棚にしまっていく。






戸締りを確認して外に出ても雨はまだ降り続いていたけれど、一時期のバケツをひっくり返したような降り方に比べればまだマシだったので、あたしは自分の傘を開いて外にでた。
校門に行く前に、レギュラー以外の部員の使う部室にも寄っていかなければならない。さっき畳んだタオルの半分を置きにいかなければならないからだ。








「あ、日吉くん」






あたしは扉を開けると、準レギュラーで同じ二年生の日吉くんがちょうど着替えを終えた所だった。日吉くんはカッターシャツのボタンを上まできっちり止めながら、「入るならノックくらいしろよ」と顔をしかめた。



あたしは「ごめん」と謝りながら、ビニール袋に入れてきたタオルをこっちの部室の棚にも置いて行く。







「これ、日吉くんのタオル」







日吉くんには直接差し出すと、彼は黙ってそれを受け取った。

日吉くんとは部活のこと以外ではほとんど話したことがなくて、お世辞にも仲が良いとはいえない。それに鳳くん達とは違って、いつも不機嫌そうにしているので今後も部員とマネージャーとして仲良くしたいけど、どうとっつけば良いのか正直わからない。









「それじゃあたし帰るね。あ、日吉くん鍵のかけ方変更されたの知ってる?」


「聞いてない。」


「日吉くん最後だよね?教えといた方が良いよね?」





あたしが尋ねると日吉くんは視線を一切あわせないまま「ああ」と短く答えた。




「じゃあ、一緒にでようか。」








二人で部室を出てセキュリティで鍵をかけると、あたしと日吉くんは傘をさして校門まで並んで歩いた。けれどあたし達の間にはこれと言って会話もなく、なんとなく居心地の悪い空気だ。同じタイミングで帰るのにわざわざずらして別々に帰るのもおかしいからと並んで歩いてるけど、なんせ普段からお互いのことを意識しているわけじゃないので何を話していいかもわからない。









、お前バス通学か?」


「ううん、電車だよ。日吉くんは?」


「電車だ。」






「そう」とあたしが言ってやっぱり会話は途切れた。けれどその会話から日吉くんとあたし校門までを延長して、駅まで一緒に帰らなければならないということになった。決して日吉くんのことが嫌いというわけではないけど、今までに日吉くんとこんなに長い時間、しかも二人きりでいたことないのでこんな気まずい雰囲気に少し耐えられない。




しかも雨はさっきよりも強くなって、道路を歩くあたしたちに容赦なく降り注いできて、ちらりと盗み見た日吉くんのしかめ面はひどくなっている気がする。






結局、会話らしい会話はほとんどなく、あたし達は駅に着いた。雨で人がたくさんいる中に自分達のスペースを見つけて傘をたたむ。傘でも防ぎきれなかった濡れた足元なんかをハンカチで拭う。日吉くんも同じようにしていて、やっぱり育ちの良さをなんとなく感じた。










「さっきより雨ひどくなってるけど先輩たち、大丈夫かな。」


「もう先に帰ったんじゃないのか?」


「ううん。レギュラーは監督に呼ばれてるみたいだったから、私たちより帰るの遅くなってると思う。」


「・・・」


「跡部部長は大丈夫だと思うけど、鳳くん達は歩くから大変だよね」







そこまで言って、なぜか黙り込んでしまった隣の日吉くんを見ると、日吉くんは顔をしかめたまんまで真っ直ぐ前を見ていた。
そこであたしは準レギュラーの日吉くんに正レギュラーの話題を出したことは不味かったのかな、とまた少し気まずくなった雰囲気を誤魔化す様にコンクリートの地面を持っていた傘の先で突いた。







「わ!」




そしたらその拍子にあたしの傘のボタンが外れて、ジャンプ式になっていた傘が一気に開いてしまった。飛び散った水滴はあたしだけじゃなく隣にいた日吉くんの制服まで濡らしてしまい、駅までの道のりで濡れた分をさっき払ったばかりなのにと余計悪くなりそうな空気に焦りを覚えた。






「あの、日吉くんごめん。」


「別に。気にすんな」







けれど日吉くんから返ってきたのはその一言だけだった。”何してるんだよ、面倒くさい奴。”くらいは言われるかと思っていたあたしはその反応を少し意外に思いながら、鞄の中を開いてハンカチを探る。
さっきカバンやスカートの水を拭ったのでその水分で少し湿っているハンカチを取り出すと、見慣れた柄の入ったタオルが目に入った。部室であたしがたたんでたやつだ。顔をあげると日吉くんがあたしにそのタオルを差し出していた。







「そんな薄いのじゃさっきのでもう使えないだろ。これ貸してやるから使えよ。」

「でも悪いよ、それさっき洗ったばっかで新しいのだし。」







あたしが差し出されたタオルを前に躊躇していると、日吉くんは「またお前が洗濯すればいいだろ。」とぶっきらぼうに言ってあたしの手に強引にタオルを握らせた。受け取ったタオルで濡れた足を拭きながら、あたしは「うん」と頷いた。




結局あたし達は電車の方向も同じだったけど、電車のドアにもたれる日吉くんを眺めるだけで特に会話はなかった。一度だけ、あたしは水滴のつくガラスにうつしているしかめ面に「日吉くんって優しくないけど優しいね」と言ってみたくなったけど、困惑させてしまいそうなのでやめた。
それよりも鞄にしまってあるタオルが家に帰って洗って明日までに乾くのかどうかが心配だ。そうしないと明日の練習で日吉くんだけタオルが無くて困ってしまうかもしれない。









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