こんにちは、今期の生徒会役員会計に就任いたしました、です。
私自身、生徒役員という仕事に初めて携わるため、色々な不安も抱えていますがみなさんに選任していただき嬉しく思っています。同時に、この立海をより良くするために、














「より良くするために……駄目、全然思いつかない。」





ため息をつきながら下駄箱の扉を開けて、上靴をローファーに履き替える。
新生徒会の役員挨拶は明日に迫っているのに、肝心の挨拶がほとんど決まっていない。




そもそも私が会計に選ばれたことさえよく解らない。部活にも所属していなくて適度に暇があって成績も悪くはないというのが、推薦の充分な理由になるなんて考えても無かった。
推薦の話があがった時にやんわりと断ってみたものの、周りの生徒達と熱血なクラス担任の先生の勢いに流されて、選挙でもすんなりと選ばれてしまい、結局生徒会役員なんてやるはめになってしまった。
















「うわ、最悪」



自転車置き場に回ると横の自転車のハンドルが自分の自転車のかごにはまっていて、より一層気分が重くなった。ガシャガシャと横の自転車をよけながら自分の自転車を引き出す。今日は家に帰って挨拶を考えて、早めに寝てしまおう。


「あ、柳生。」












自転車を押しながら校門をでると、珍しい人物に会った。
「おやじゃないですか。」という表情でこっちを見ている彼は柳生比呂士という違うクラスの男の子であたしとは家が近所の立海に入る前からの幼なじみだ。どうして珍しいかといえば、テニス部でいつも夜遅くまで練習している彼と私の帰宅時間が一緒になることはほとんどないからだ。








「部活はどうしたの?」

「今日はコートの設備の整備があるので帰宅して自主連なのですよ。」














相変わらずの丁寧な口調で柳生は私に説明する。彼が紳士などと呼ばれている所以だ。柳生が礼儀正しいのは小さい頃からで中学生になった今も変わらない。















「じゃあ一緒に帰る?」

「そうですね。」

「自転車だから二人乗りできるよ。」

「何を考えてるんですか。」













私の提案に柳生は顔をしかめた。
風紀委員も務めている真面目な彼はこういう言動にすぐ不快感を示す。長い付き合いのある私は解っているけど、久しぶりに見た律儀な顔を少し歪めて見たくなったのだ。わざとだ。「歩くのめんどくさいんだもん、早くー。」と自分のお尻を荷台にのせて、サドルを指させば柳生は仕方なさそうにハンドルに手をかけた。ただし自転車をこぐんじゃなくて歩いて押して、私ごと前に進み始めた。

















「重くないの?」

「トレーニングだと思いましょう。」

「ふうん。」

「こうやって一緒に帰るのは久しぶりですね。」

「うん、柳生忙しいから」

「最近はどうですか?」















柳生の質問に足をぶらぶらさせたまま、「大丈夫」と答えた。



私は割と真面目な生徒の部類になると思う。それは世間から見た場合で、私が通っている立海の中に入ればごく一般的な生徒だ。立海はとっても厳しいという訳ではないけれど、歴史が長くて偏差値やクラブ活動の実績共にレベルも高いし、自主性を重んじる校風とはいえ生徒一人一人に真面目な雰囲気を持つ者が多い。
その中で少しでも他人と違ったことをしようとするのはちょっと勇気のいることで、校則に反したりするとすぐに怖い先生や風紀委員が飛んできて、注意されてしまう。


そんな中で周りと違う行動を自分のスタイルとして突き通すのはちょっと大変なことで、簡単な気持ちではできることじゃない。
例えばテニス部の仁王君は真っ白な白髪で長髪という派手な外見をしていたりするけど、彼は全国区のテニス部レギュラーという実力とあの飄々とした性格のために頭髪や授業をさぼりがちなことなどは本人の学校生活の支障にはなってないようだ。風紀委員長の真田くんでさえ、いい顔はしないものの容認している。





今は生徒会役員になった私でも、中学に入学した当初はがさつで立海の空気に馴染めずクラスで少し浮きかけた。そこを上手くフォローして助けてくれたのは、幼なじみで同じクラスだった柳生だ。
1年生のころは少しのんびりしていた私は遅刻や忘れ物を頻繁にして先生に目を付けられていた。私を柳生は毎朝起こしに来て、持ち物も一緒にチェックして学校に来てくれてた。優等生の柳生と一緒にいることで先生やクラスの子との関係も改善されて、何よりも柳生によって習慣づけられた生活リズムは柳生とクラスが離れてしまった現在も私の体に刻まれたままだ。

















「柳生、二人乗りしちゃおうよ。帰るの遅くなっちゃうもん。」

「いけません。それに、のんびり帰るのも悪くないと思いませんか?」

「あんまり思わない。早く帰って明日の挨拶考えたい。」







ふらふらとさせてた足を大きくふって柳生の足にキックをいれたら、柳生がちょっとこっちを向いて怖い顔をした。学校では気を張ってる分、柳生のそばにいる時は気が緩んでしまう。でもそれを柳生は知っていて、しょうがないですねと怒ることもせずに私を甘えさせてくれる。















「あなたは生徒会役員になるんでしょう。」

「みたいだね」

「まるで他人事ですね。」

「ちょっとやる気ない」

「そんなことではいけませんよ。明日は就任式でしょう?」

「あたしがやりたいって立候補したわけじゃないのに。」













私の愚痴に、彼は軽くため息をついた。












「そういうことを言うのは、私の前だけにしなさいね。」


「あたしだって馬鹿じゃないもん。」













柳生だって解っているはずだ。じゃなきゃ私が生徒会役員に推薦されるわけないし、笑顔で引き受けることもない。そんなことくらい察してよという気持ちを込めて柳生を睨めば、気まずそうな顔をして眼鏡をあげた。
















「まあ書記に柳君もいることだし。彼は頼りになりますよ」

「ああ、でも柳くんには私が嫌がってるのばれてたよ。」

「柳君が?」

「うん。今日の顔合わせで少し話したんだけどね、”、お前も大変だな。本当に辛い時は俺に言うと良い。”だって。」

「そうですか、柳君はあなたのデータまで解るんですね。」

「頭が良いんじゃない?でも、優しいよね。」






私がそう言うと、柳生は笑顔で頷いた。
そして「彼は頼りになりますよ。」とまるで自慢しているように言うので、私の知らないテニス部の信頼関係が少し見えたような気がした。












「しかし、が役員を嫌がっているのを知っているのが私の他にいたのは意外でしたね。」

「そうなの?」

「私だけだと思っていましたから。少し寂しいですね。」










そう言った柳生の顔は夕陽に照らされて、本当に寂しそうだったので、私は声をあげずに笑った。柳君が私の性格を解っていたって、私がこうやって本音をだせるのは柳生だけなのに。すぐに前を向いてしまった柳生の背中を見つめながら、私をのせた自転車を引いている彼には悪いけど、自分の足で歩くのはもうちょっと後にしよう。
まだもうちょっと甘えさせてもらおうっと。












-------------------10.09.11
リクエストありがとうございました!
サユコさんに!マシュデリより5年間の愛をこめて!ヒナ