まだまだ寒いこの季節、厚着して暖かい部屋の中に閉じこもっていたいけど、そうもできないのがあたし達、女子の宿命。 「あーチョコどうしよっかな。」 「お前、そんなん男の俺の前で言うなや」 あたしの口からでた悩みに、忍足がすぐに反応する。 バレンタインが来週に迫った今日、あたしは彼氏の跡部景吾の帰りをテニス部の部室で待っている。こんなに寒いのに、彼はまだランニングをしているらしい。 「だって、跡部って何あげればいいかわかんないんだもん!」 そうなのだ。誕生日、クリスマス…跡部へのプレゼントを何にしようか考えるたびに、あたしは頭を悩ませる。チョコをあげるって決まっているバレンタインだって例外じゃない。あたしの彼氏の跡部景吾は学園一のお金持ち、いや、日本でも指折りの高校生セレブだ。そんな彼の喜ぶようなものを考えることはいくら彼女のあたしだって容易なことじゃない。 欲しいものなんて何でも買えちゃうからなぁ…っていう悩みはもう割り切ってしまったものの、中途半端なものをあげても、本物志向の跡部が喜ぶなんて到底思わない。 「ええやん、何でも。」 「うーん。」 「でも女子って、いつも手作りしてるやん。作ったら?」 「手作りかぁ、上手くいくか不安があるからなぁ」 「溶かして固めるだけちゃうん。」 「どうせあげるなら、凝ったもの作りたいじゃん。トリュフとかー、生チョコとか」 「やめとけ。」 マカロンとかさーと続けようとしたら、聞き慣れた声に遮られた。 顔をあげると、椅子に座ったあたしを見下ろすように跡部が背後に立っていた。全然気づかなかった。 「なんで?」 「お前、こないだ友達の誕生日ケーキ焼こうとしてうちのオーブン壊しただろ。」 「あれはオーブンがすごすぎて使いこなせなかったんだもん。」 「慣れねーことはするもんじゃねぇよ。」 「でも、何が美味しいかはわかるから大丈夫だよ!」 なんたって跡部にいつもこれが上手いから食べてみろっていって、チョコレートは勿論、いろんな料理やお菓子を口にしている。最近はその中でも跡部がどんなのが好みの味なのかもわかってきた。 そんなあたしに跡部は、フンと鼻を鳴らしたきり何も言わずにジャージを脱いで着替え始めた。 「ほな、やっぱ買うんにしたら」 「うん。お店とか見てみる。」 跡部の反応に、忍足は的確なアドバイスをくれた。あたしが素直に頷いたら、着替えを終えた跡部がもう部室の入り口に立っていて、「早くしろ。」といつもの偉そうな態度であたしを急かした。 「飯でも食いに行くか?」 「何食べるの?」 「そうだな、フレンチで良いだろ?」 「なんでもいい。寒いから跡部ん家行こうよ」 バレンタイン前日、跡部にあげるチョコを選ぶなんて難しいなと思っていたものの、実際に百貨店のチョコレート売り場に行ってみれば、いろんな種類の素敵なチョコレートがたくさん並んでいて、あれも良いな、これでも良いなと全部買ってしまいたい気持ちになってしまった。 売り場を一時間くらい、さんざん歩き回ってあたしはモダンなデザインの箱に、びっくりする程可愛いチョコレートが並んだのを購入した。勿論、有名店のやつ。 跡部がここのお店のチョコを食べてるのは見たことないけど、あえて買わなさそうなものにしてみた。そして、跡部が食べた後のこの箱はあたしが貰おう。セレブなチョコを手に、庶民なことを考えながら、あたしはレジに向かった。 「あ。義理はどうしようかな。」 周りの人が、結構多くの種類のチョコを持っているのを見てハッとする。 家族や、クラスの男の子、忍足や宍戸なんかのよく顔を合わせるテニス部のレギュラーにもあげた方がいいよね。 でも、ただでさえ跡部への高級チョコの出費であたしの財布には他のを選びにいく余裕はない。うーん、どうしようかな、としばらく考えてから、「義理は手作りで安くあげちゃおうかな。」という結論に至った。後で近所のスーパー行かないとなぁ。 「まあ、溶かして固めるだけで良いかぁ」 スーパーでカゴにお徳用の板チョコを入れながら、あたしは首をひねる。アーモンドとかチョコスプレー乗せればいいかな…。跡部に手作りしようかなって思ってた時は、「固めるだけじゃなくて凝ったやつ作りたい」って思ってたくせに、跡部以外のその他大勢ってなると手間を省いて無難なやつを作ることばっかり考えてしまう。岳人あたりに「跡部のと全然違うじゃねーかよ!」って怒られそう。ジローちゃんはマシュマロ入りとか好きかな…。 なんとか考えをまとめてスーパーを出て、ラッピング用品を買いに隣の100円ショップに行こうとしたら、鞄の携帯が電話の着信を知らせる音がした。 「もしもし?」 『俺様だ。』 「わかってるよ、名前でてるもん。何?」 『別に何もねーよ。お前、何してんだ?』 「スーパーで買い物してた。今から百均行くの。」 『買い物?何でお前、買い物なんか……ああ。』 あたしの答えに、跡部は少し怪訝な声になったものの、すぐに納得したような様子になった。 「どうしたの?」 『別になんでもねーよ。』 「今から会う?」 『いや、お前忙しいだろ。明日にするか。』 跡部には珍しく、あたしの誘いを断って電話はきれた。きれるまえに聞こえた、跡部の「100円でも我慢してやるか。」という言葉を残して。…勘違いしてる。跡部に百均のなんて、買うわけないじゃん。ちゃんと美味しいチョコ、買ってあるんだよ、明日までのお楽しみだけど。 その夜は、百均でかってきた大量のカップにチョコを溶かしては流し込む作業を続けた。量がある割には早く終わって、お家用、クラス用、テニス部用、とそれぞれ箱に詰めていった。 バレンタイン当日、色めき立ったクラスの女子に混じって、あたしも教卓の所にどーんとチョコの箱をおいた。 それを見て、隣の席の女の子が「跡部君にも手作りにしたの??」と訪ねてくる。「違うよー良いチョコ買ったんだ。」と答えたら、「やっぱ、跡部様はチョコにもこだわりそうだもんねー」と頷かれた。あたしもそう思う。 「はい、バレンタインでーす!」 放課後、ちょうど練習が終わったころを見計らい、テニス部の部室のドアをあけて机の上にじゃーん、と言いながらチョコの入った箱を置く。 「うっわ、もう甘いのええって」 それを見て、忍足がげんなりしたように文句を言う。 そんな彼の足下にはたくさんのチョコでふくれあがった紙袋が3つ、置いてあった。 「文句言うなよー侑士。、ありがとうな!普通のだけど!」 「普通は余計だよ、岳人。マシュマロ入ってるんだ。ジローちゃんこういうの好きかと思って!ジローちゃんは?」 「知らねー。滝、がチョコくれたぞ。」 「ふーん、食べてみようかな。」 岳人と滝くんに続いて、なんだかんだで忍足も椅子から腰をあげている。 日吉くんにも進めたら、「ありがとうございます。」と礼儀正しくお礼を言われた。 「これ、手作りですか?うれしいなぁ」 あたしの置いた箱を開けながら、2年生の鳳君がうれしそうに声をあげた。忍足と違ってかわいい。でもそんな鳳くんのロッカーの前にもあふれんばかりのチョコレート、そして宍戸が「長太郎、お前これ以上太んじゃねーぞ!」と怒っている。 「あーそっか。ここはみんなチョコ貰いまくってるから、あげる必要なかった…。」 肉まんでもあげれば良かった。と部屋のそこかしこに置いてあるチョコの箱を眺めながら、計算ミスを後悔していると奥のトレーニングルームから跡部がでてきた。後ろに樺地くんもいる。 「あ、跡部おつかれさま。」 「ああ。」 「これ、バレンタインのチョコだよ。跡部の分。」 忍足の「ここで渡すんかい。」というツッコミを背に受けながら、あたしは持っていた紙袋を跡部に渡す。それを見て、跡部は少し意外そうな顔をした。 紙袋の中を見て、跡部は「100円でもあなどれねえな。」という意味のわからないことをつぶやきながら、チョコレートの箱を取り出した。そして、箱を開ける。 「可愛いでしょ?」 あたしがソファーから、身を乗り出して跡部の顔をのぞき込む。跡部はチョコレートと中に入っていた、お店のカードを交互に見て少し変な顔をしている。 「跡部、そこのお店知ってる?美味しそうだし、可愛いよね。」 「。お前、これ…買ったのか?」 「うん。昨日ね。銀座行ったよ。」 「でもお前、昨日作ってただろ?」 「ああ、それはみんなにあげる方。」 そう言って、テーブルの上を指す。百均で買ったピンクの箱に入ったチョコはもうすでに空になっていた。元々そんなに量は作ってなかったけど、どうやらマシュマロ入りがみんなの口に受けたらしい。 ところが、チョコが好評だったのを喜ぶまもなく、宍戸の「意外と美味かったぞ。」という言葉に被せるように、跡部が「ちょっと待て。」と怒ったような声をだした。 振り向くと、跡部がブスッとした表情であたしを見ていた。怒ったような、というか、怒ってる……。 なんで、怒らせるようなことしたっけ?頭をフル回転させてみたけど、特に思い当たることはない。…チョコに、マシュマロいれたから? 「俺様の分は?」 「跡部の分は、それだよ。」 跡部の手元にある箱をさす。けれど彼は、納得いかない、という顔をしてあたしを見ている。 「俺様には、お前の作ったもんねーのか?」 あいかわらずブスッとした態度で言い放った跡部の言葉に、あたしはようやく跡部の不機嫌の理由を悟る。 「跡部、手作りの方が良かったの?やだって言ってたじゃん。」 「お前、他の連中には作ってんだろ?」 あーん?といって跡部は腕を組み直した。どうやら、自分だけ手作りがもらえなかったのが気に入らないらしい。自分で手作りはやめとけなんて言ってたくせに、どうだろう、この高圧的な態度…。 「なんや、。跡部もヤキモチくらいやくことあるやん。」 あたしのムっとした空気を敏感に読み取って、忍足が口をはさむ。まぁ、みんなの前で喧嘩になるのも嫌だしなぁ。 「ごめんね。今度、跡部にもチョコレート手作りしてくるね。」 「あん?何言ってんだ。バレンタインは今日だろ?」 「そんなこと言ったって、今日はもう無理でしょ」 「うち来て作りゃ言いだろ。今日中に貰ってやるよ」 あたし達のやりとりを面倒くさそうに見ながら、「お前らもう帰れよ。」と宍戸がつぶやく。 「ええ、めんどくさい」 「今日はそういう日なんだよ。」 跡部って、意外とそういうの気にするんだ。たまに変なところでロマンチストなところがあるんだよね。それに、今日は珍しく頑固だ。 「やだー。この間オーブン壊したから、パティシエさんと会うの気まずい。」 「気にするな。今日会うのはショコラティエだ。」 何だ、その無駄な情報…と思っていると、跡部は「俺様の満足するやつを作れよ。」と笑って、あたしの鞄を持ってさっさと外へでていってしまった。あたしは跡部の言うとおりにするしかないみたいだ。 「やから、手作りにせぇって俺ゆうたやん。」 「うるさい忍足。」 ため息をついて、マフラーを軽く巻いてから跡部の後を追う。あたしの彼氏は俺様で、ワガママでヤキモチやき、面倒くさいけど仕方ない。今日は男の子のための女の子の日なんだもん。 あたしはこれから、たぶん超一流のショコラティエさんに教わりながら、どうにか跡部好みのチョコレートを仕上げて、あの俺様にどうだとばかりにそれを渡す。 そしたらたぶん、彼はフンと鼻を鳴らしてチョコを口に入れて、「やるじゃねーの」って笑うんだと思う。 でもこれはあたしの妄想で、本当の跡部はいつもあたしの期待をずっと上回る。俺様だって面倒臭くたって、あたしが跡部を好きなのはそういうこと。 現に今、跡部はあたしが寒くないようにほどけかけたあたしのマフラーをしっかり巻き直してくれている。しょうがねぇなって顔しながら 「愛が大きすぎて世界で一番美味しいチョコできたらどうしよう。」 「せいぜい頑張るんだな。」 「樺地くん、さっきのチョコ食べれなかったから、作ったやつ樺地くんにもあげていい?」 「何言ってんだ。俺様のためだけに作るんだろ。」 「えー…うん。」 「素直じゃねーか。」 「あ、今すごい嬉しいでしょ?」 「ばーか。」 スイートチョコレート あたしと違って全然素直じゃない跡部の腕を強く引いて、こっちを向いた隙に唇を奪った。 そしたら、跡部は突然のことに照れたのか(暗かったから、わかんなかった)「チョコ作り終わったら覚えてろよ。」と悔しそうにあたしの額を小突いた。 ---------------2012.02.16 新年あけましておめでとうございます。 |