跡部の部屋、彼があたしのために買っておいてくれたファッション雑誌を一通り読み終えてうーん、とのびをする。最近になってようやく耳に馴染んできたクラシックが流れるオーディオの停止ボタンを押したら、なんともいえない静けさが部屋に広がった。 ソファーの背にもたれながら、分厚い洋書に視線を釘付けにしている跡部に「跡部、疲れた?」と聞いたら、彼はあたしの方に視線をあげてその表情を崩さずに口をひらいた。 「、またかよ?」 「だって跡部、疲れてそうだから。」 疲れてるでしょ?ともう一度、念を押してねーえ、とそばにいって急かせば、彼は「仕方ねぇな」って口にはしないけど、そういう顔をしてあたしに背中を向けてソファにうつぶせになった。機嫌を良くして、あたしはソファに膝をかけ彼の腰にまたがる。 「重くない?」 「あん?いつものことだろ?」 「でも最近、太ったから。」 あたしが自分のお腹をちょっとつまんでみせても、跡部は振り返ってまでこっちを見ようとはしなかった。うつむいたまま、ソファに肘をついて本を読むのに集中したいみたい。 仕方がないのであたしは両手の親指に力をこめて、跡部の腰のあたりをぎゅっぎゅっと押しはじめる。 中学3年生の時の夏、あの日。跡部があたしの膝の上に自分の頭をのせて眠りについた日。結局、一緒になって眠ってしまったあたしが次の日の朝に目覚めたとき。跡部はもう起きていて隣で頬杖をついてあたしの目覚めを楽しむように口の端をあげて笑っていた。 その後も、跡部は自信満々で、努力家で、全く変わったところなんてなかった。もちろん今も毎日毎日テニステニステニスで、周りからはいつも優雅に過ごしているイメージを持たれているの彼なのに、一日中ゆっくりしてるところなんて見たことない。 かわりに…というのも変なんだけど、今まではたまに試合観戦をしてた程度のあたしが跡部のトレーナーさんに頼んで、緊張した筋肉を緩めるマッサージの仕方を教えてもらった。跡部は止めもしなかったけど良い顔もしなかった。トレーナーさんが「まぁ、メンタル面のケアってことでね。」と苦笑いしたのに、やっぱり「仕方ねぇな」という顔をしてため息をついただけ。でも良いの。 そうして時々、マッサージしてあげるようになった。ほとんどあたしが「してあげる!」といって何かしている跡部を無理矢理、ベットやソファーにうつぶせにする。跡部からあたしに頼まれることなんて滅多になくて、そういう時は彼が本当に疲れている時だという合図。温めたタオルを持ち出して、できるかぎりのことをやってみる。まぁ、滅多に無いんだけど…。 あたしの力もなく下手なマッサージでは、肉体的な疲れがちゃんと取れるわけでは無いだろうけれど、もっとあたしのやれること、彼の気持ちだけでもふわりとかるくなれるようにと願いをこめて骨にしっかりとついた跡部の筋肉の奥のかたくなったところを丁寧にほぐしていく。 初めの頃は「そんな弱い力じゃ、効くもんも効かねーよ。」と言っていた跡部も、最近は黙ってあたしに従って自分の体を預けてくれる。 指先に力をこめながら、跡部の方を見てみる。 ちっとも動かずに、手元の本に意識が集中していることがわかる。あたしは手を止めてみる。やっぱり跡部は変わらないまんまで、時折ページをめくる音だけが部屋に響く。 あたしは手をとめたまましばらく様子をみて、動かない跡部の背中に自分の体重を預けるようにして覆い被さった。あたしの胸からお腹、全部が跡部にぴたりとくっついて自分と跡部の隙間がなくなって、そこから彼の体温が伝わってきてあたしは満足する。 ようやく跡部が本を読むのを中断したようで、跡部の首のちょっと下のところに頬をぎゅっとつけていたあたしの頭の上から「もう終わりかよ?」という言葉がかけられた。 「んー。」 「、お前が疲れてんじゃねーかよ。」 「今日、6時間目まであったから…。」 だらだらと答えるあたしに「いつもだろ」と読書のついでのつっこみが入る。 「そう、勉強つかれちゃう。」 「……」 あたしの弱音はくだらないものと判断されたのか、無視された。 あー次のテスト憂鬱、っていうか進路も憂鬱。まだ先だけどどうしようかな。跡部は大学部に行くのかな?じゃぁ、大学部行こうかな。やっぱり勉強しよう。 跡部はテニスプレイヤーになるのかな?お家の仕事するのかな?どっちにしてもテニスはやめなさそうだな、テニス好きだもんね。じゃぁ、あたしは、 「あたし、跡部専属トレーナーになろうかな。」 「へぇ、お前がねぇ。」 あたしが顔をあげて名案を言ったのに、跡部は全然期待してないみたいだ。 「試合で疲れたら癒してあげるよ。うまくなれるように、明日からテニス部のみんなにマッサージの練習させてもらおうかなー。」 跡部の背中にまた頬をつけて呟くと、少し間をおいてから「やめとけ。」と言われた。 「回数こなさなくっちゃ上達しないよきっと?」 上達してね、色んなところに試合に行く時、一緒に連れて行ってね。 そう言い終わるかどうかってところで、跡部がソファの横のテーブルに読んでいた本をパタンと閉じて置いた。そして、うつぶせにしていた体をぐるりとまわす。跡部の背中にくっついていたあたしは跡部の体の両側に膝をつき腰を浮かせて、彼がこっちを向くのを邪魔しないようにした。 向かい合ったら、跡部の色素の薄い瞳が小難しい文章の代わりにあたしを見つめた。 「マッサージするだけがトレーナーじゃねーんだ。お前には無理だな。」 わざわざこっちに向いて、そういうこと言うかなぁ。 あたしの落胆が伝わったのか、跡部がまたフンと笑って膝の上のあたしを抱えなおした。 「何もできなくても、お前は俺のそばにいるだろ?」 余裕の笑みを浮かべたまんま、あたしに言う跡部。 あたしは自分の顔が赤くなっていくのが、わかってそれがばれないように跡部の胸に顔を伏せた。 「…あたし、跡部のそういうところ好き。」 あたしのつむじのところにフッと息がかかって彼が笑ったのがわかった。 なんとも言えない、甘い気持ちになる。こんなあたしだけど、跡部に出会ったことにもあたしのことを好きになってくれたことにもこの世に生きてることにもすべてにありがとうと言いたくなる。とっても単純だけど、跡部といるとみんなに素直になれる。そんな感じ。 「じゃぁあたしの役割なにかな?和ませ役かな?」 「あん?女房役だろ。」 -------------------------2012.03.01 なんかすごく甘くなりましたね! |