お昼の間に干してくれてあったのか、布団は良いにおいがした。
しばらく入っていたせいで、自分の体温で暖かくなった布団の中は眠気を誘うには十分なはずなのに、あたしの目はさっきからぱっちりと冴えたまんまだ。部屋を真っ暗にしても、布団を頭からかぶっても、ゴロゴロと寝返りを打っても、羊を数えて見ても一瞬たりとも睡魔は訪れてくれない。ああ、明日の朝はきちんと起きられるのかなぁという不安ばかりがあたしの部屋の中で増えていってなんともいえない気分だ。



眠れない時は無理に寝なくても良いというのはよく耳にする。
あたしは布団からごそごそとはい出して、机の上に置いてあった携帯電話の画面を開いた。暗闇の中に、はっきりとした四角い画面が浮かび上がってちょっとまぶしい。



電話をかけて眠れないことを伝えると、少し間があって「待ってろ」とぶっきらぼうに言ってすぐに切れた。あたしはちょっとだけ安心して、ベッドの上に腰掛けた。俺は暇じゃねーんだよ、早く寝ろ。のパターンもあるのだ。






ブウンブウンブウンとなんとも近所迷惑な単車のエンジンをふかした音が窓の外から聞こえてきて、家の前で止まった。あたしはパーカーをさっと着て、寝ている家族を起こさないように(エンジン音で起きているかもしれないけど)玄関までそおっと忍び足をする。







「仁くん」


玄関の扉を後ろで閉めて、ボロの単車にまたがった男の子の名前を呼べば、彼はタバコの煙をもくもくとふかしながら、返事もせずにあたしを睨んだ。あ、睨んだのではなくて、こういう目つきなの。
仁くんの髪はいつものワックスでばりばりにされたやつじゃなくて、前髪が目にかかっている。さっき電話したときは、家にいたんだなぁ、きっと。



あたしが近づくと、仁くんはまたしばらくタバコをふーっとして、それを見つめていたら彼は「乗るか?」と後ろを指して言った。

「うん、」と頷くと、自分の膝の上にのせていたヘルメットをあたしの頭に被せた。






「仁くんは?」と聞くと、腰を浮かせて荷物入れから白いタオルを出して頭に巻いた。


「遠目からだと、これでメットに見えんだろ。」



「ポリはバカだからよ。」と嫌な笑い方をする仁くんの方がバカだと思ったけど、そこが格好良いとも思ってしまう。あたしは仁くんの単車の荷台にまたがって、筋肉のついたお腹に手をまわしてぎゅっとつかまった。ブウン、とやっぱり大きな音を出して単車は走り出した。自分の家が遠く離れてくのを見てから、顔にかかった髪をなおした。











夜は暗くて怖い。
星がでていて、昼よりもネオンが明るくて、なんだか静寂で神秘的な感じがして…夜が好きな人もたくさんいるだろうけど、あたしは眠れない夜ほど怖いものはない。
仁くんは「てめーはストレス溜めすぎなんだよ」ってよく言うけど、ストレス解消よりもリラックスよりも、仁くんと過ごすとあたしの怖い暗闇はなくなってしまう。



仁くんのグレ方が全盛期だった中学の時は、それこそあたしが彼の心配をして「タバコやめなよ」とか「学校来なよ」「暴力良くないよ」と口うるさく言っていた方だったのに、彼に目をつけていた他校の不良にあたしが連れ去られそうになってからは、逆に心配(たぶん)してくれるようになった。






今じゃ仁くんはヤンキーはヤンキーなんだけど、すっかり大人になってしまってこうして眠れないあたしをバイクの後ろに乗せてドライブしてくれている。









信号や街灯がやたらと色とりどりのくせに、あたし達しかいない国道は仁くんが自分の好きなスピードをだすのに丁度良いみたいで彼と彼の単車はあたしを乗せて機嫌良く走っていく。途中、ちらりと見た川の水面がとんでもなく黒くて、自分の腕に力をこめた。





今まで仁くんとはあたしが眠れない度にいろんなところへ行った。朝日のでる東の海岸、仁くんがよく行くゲームセンター、その横のマック、丘の上の公園、ファミレス、ただただ道を走るだけ…。

最後はいつも、毎朝決まった時間にあわせたあたしの携帯のアラームが鳴る頃に仁くんの家のマンションのソファーに二人でくるまって眠る。そしてもう朝ともいえない時間に二人で起き出して優紀ちゃんの入れてくれたカフェオレを飲む。




あたしが眠れなくなる時、それは一ヶ月だったり半年だったり、まちまちで約束もしているわけではないけれど、仁くんがあたしを迎えにきてくれる時だけあたしは早く寝ないと明日の朝ちゃんと起きれない、そしたら学校に遅刻しちゃうとか、明日はみんなで学食で同じメニューでお昼食べようって約束してるのにとか、そういうことを考えるのを止めてしまう。





「今日はどこ行くのー?」

「あー?聞こえねぇ。」

「どこいくのー?」

「決めてねぇっつの」

「ふーん」








次の眠れない夜までに、あたしは自分用のメットを買っておこう。バイクに乗らないあたしは、誰にもばれないように。
仁くんの背中にくっついて、向かい風も夜の怖さも昼の煩わしさも何もかもから守られてしまえば、怖いものなんてない様な気がする。でも、あたしは昼間から逃げ出す勇気がないので、ときどき眠れない時だけ仁くんの背中に甘えてもいい?




夜からあたしを連れ出して。
















--------------2012.03.08
ヤンキーにしかできないことってあるよね。
さん。(変換なかったのでここで。)