跡部景吾の彼女という立場の大変さを知っている?? そりゃあ跡部と付き合えるくらいだからあたしは外見だって悪くないと思うし、月に一回は(跡部の金で)ネイルとヘアサロン行ってるし、(跡部が買ってくれた)超可愛い服も着てるし鞄も持ってるし、肌の手入れに(跡部のカードで)たまにエステも行って化粧水もおすすめのやつ使ってるし、豪華な食事食べすぎて太らないように(跡部ん家の)ジムだって通ってる。 「それだけお金かければ、悪くない外見できるに決まってるでしょ。」って言う声も聞こえるけど、ほんと解ってないなぁ、愛のパワーだよ。 でも、ごく一部の親しい人間以外、特に跡部に熱い視線をむける女子達からすればあたしの存在なんて楽しくもなんともない、ただ跡部様にくっついている邪魔な女だ。 しかも、酢豚に入っているパイナップルの様に気に入らないからって除けちゃえば済むようなもんじゃないので、一人で廊下を歩いてて陰湿な跡部ファンと会っちゃえば、すれ違いざまに足を踏まれたりもする。 直接、敵意をむき出しにしてくる子は少ないけれど、その後ろにはヒソヒソとうわさ話をする連中だってだくさんいる。世間って怖い。あの女は性格悪いとか、お金目当てだとか。 性格悪いのかどうかはおいといて、お金目当てだという普通この年では言われないだろ、と思うような言葉には反論したい。跡部は確かにびっくりするほどのお金持ちだけど、それと同じくらい、顔もスタイルも良いし、頭も性格も良いし(多分)、運動神経も良くてテニスなんて全国レベルで強い。どれを取っても非の打ち所がないくらい、彼はお金だけじゃないのだ。あえていうならば、あたしは彼の全部目当てだ。 跡部景吾くらいになれば彼女がいるって解ってたって、お誘いは引く手あまた浮気相手だって選び放題だ。幸いテニスバカの彼はあたし以外に甘い言葉をささやく余裕はないように見える。が、跡部がいくら最高の彼氏であってもそれと比例するように嫌な女の数も増えていく。 今まで先輩からの呼び出し、体育の時間の鬱陶しい反則技、不幸の手紙、たくさんの嫌がらせにあって、最初はその度にいちいち跡部に言いつけたりもしたんだけど(むこうからすれば、その告げ口がありえないらしい。人に足引っかけるお前がありえないっつの)跡部は樺地くんにどうにかしろって言いつけるだけだし、それも一時しのぎでしかない。最近は気が向いたら跡部に言うくらいだ。 でも跡部と付き合っていて喧嘩なんてしたことがない。一人っ子で周りの家族は大人ばかりという環境で育ってきた跡部は、口は悪いけど自分の怒りをむき出しにすることは少ないし、あたしもなんだかんだで事勿れ主義で二人ともぶつかり合うことを良しとはしていない。 お互いに機嫌が悪いときに、雰囲気が悪くなるぐらいで、大抵は片方が主張した時は片方が譲る。そういうのが自然にできるので、あたし達は付き合ってるのかもしれない。 まぁ喧嘩はしなくとも付き合ってたら、嫌になることは多々あるんだけれど、それよりも大好きな跡部と一緒にいれるのはとっても幸せで、断然「跡部への愛>周りの煩わしさ」なので、あたし達の仲が周りの期待に添えることは無い。 でも、ある日突然、嵐はやってきた。これはさすがにきれる。 「あーん?何だ?」 放課後、自分の下駄箱を開けて、「あああああ」と声をあげたあたしの後ろで跡部は顔をしかめた。「これ…」と言って跡部の方を振り返ったあたしの手にはローファー。いつもあたしが気に入って履いていたやつ。でもそれは、かかとの所が無惨にも切り裂かれていた。 「また派手にやられたな。」 跡部が腕を組んだまま、首をかしげる。彼はあたし程のダメージはくらってない様で、「新しいの持ってこさせるか?」と聞いた。 「これ、気に入ってたのに!」 「そこまでされちゃ、もう履けねぇだろ。」 「跡部が買ってくれたやつなんだよ?」 「だから、新しいの買ってやるって言ってやってんだろ」 「そういう問題じゃないよ!」 声を荒げて跡部を睨めば、跡部が面倒くせぇなとでもいうように肩をすくめた。 あーそういう態度すごく気に入らない、って前から言ってんのに。 いつもはちょっと注意して「はいはい」で終わる会話も、今日はちょっと事情が違う。跡部の方もつっかかってきたあたしの言葉を流さずに、ちょっとヒートアップしてきた。 「んなこと言ってたって、やられたもんは仕方ねぇだろ。捨てろ」 「はあ?嫌だ。」 「お前、はぁって誰に向かって言ってんだ。あーん?」 「跡部が捨てろとか言うからじゃん!」 「もう履けねぇんだから捨てるしかねぇだろ。」 鬱陶しそうに言う跡部の態度にもかちんときて、あたしはローファーを持って校内用のスリッパを履いたまま昇降口を飛び出した。 じゃりじゃりとグラウンドの砂をスリッパで蹴散らしながら歩いたら、跡部が後ろから追いかけてきた。 「おい!そのまま帰るつもりか?氷帝の制服を着てそんな足下、俺がゆるさねぇぜ。」 「だって、ローファー切られた!」 「だから新しいもん持ってこさせるって言ってんだろ!」 だんだん、跡部の声も荒くなってきて、ちょっと怖い。 でもここまできて引けない。それに、このローファーは、跡部と付き合い始めたころにその時履いてたローファー(入学当初に自分で購入、かかと踏みすぎてぼろぼろ)が隠されて、下駄箱が空っぽになっていたあたしに跡部が買ってくれたやつだったのだ。かかとだって踏まないで、毎日大事に履いてたのに! 「このローファーが良いの!跡部があたしにくれたやつじゃん!」 ほぼ半泣きでそう叫ぶと、跡部が「じゃぁどうすんだよ、それ履けねーだろ。」と本日何度目かのばりばりの正論を言った。ローファーを切った奴にも腹がたつけど、あたしの気持ちを汲んでくれずに「なら買えよ。」と最短の解決法を簡単に言う跡部の態度も気に入らない。 「…縫う。」 「ああ?」 「切られた所、縫って履く。」 今度は跡部が「はあ?」と言う番だった。それでもあたしは「縫う。自分で直して履く。」という姿勢を譲らなかった。 校門を出ると跡部ん家の迎えの車が止まっていて、あたしは乗って帰る気はなかったのに無理矢理、跡部に車内に押し込まれた。 そうやって跡部の家で散々説得されて、跡部もぎりぎりのところで妥協したのか、一流の靴の直し屋が呼び出され、あたしのかわいそうなローファーは修復された。完璧に元通りってわけじゃないけど、自分でやるよりは千倍くらい良い仕上がりになったローファーを履いて、あたしは次の日からも揚々と学校に通うようになった。 自分の言い分がほぼ100%通ったのであたしの気分は元通りだったけれど、ほとんど妥協した跡部といえば、一晩たっても超がつくほどの機嫌の悪さで、その日の朝練で部員が20人ほど退部してしまったらしい。一時間目が始まる前、うちの教室に不機嫌な顔した滋郎が現れて、あたしの頭を思いっきり殴って出ていった。レギュラーの中では絶対、滋郎が一番性格悪い。 その後、緊急全校集会が開かれ、跡部が「俺様の女に貧乏くさい格好させたら、ただじゃおかねぇ」ってぶち切れた。その理由で怒るってどうなの跡部くん、と思ったけど、まぁいいや。あたしと喧嘩して機嫌が悪くなるって可愛いとこあるよね。 滋郎に殴られた頭は痛いけど、講堂から教室に帰るまでの道のりはとっても気持ちよかった。いつもの見慣れた嫌な女達の悔しそうな顔。まじ気分は女王様。 そしてあたしと跡部は、あの喧嘩をして自分たちの性格上、無駄な戦いはイライラするだけで何も生まないとお互いに学習したのであれが最初で最後の大喧嘩となった。 あたしの持ち物に手をだされることは無くなったけど、相変わらず一人でいる時は足を踏まれるし、罵詈雑言も吐きかけられる。でも良いの、愛し合ってるからねん! ---------------------------2012.03.09 こういうのたまに書きたくなる。 |