今日は日曜日。仕事が休みのあたしは彼氏の家に行った。と言っても、彼氏のオサムくんは自分の家にはいない。土日は大抵競馬に熱をあげているので、競馬場かウインズに行っている。彼が留守であっても、あたしは煙草の臭いのこもった部屋に空気を通したり、敷きっぱなしの布団を干したり、たまった洗濯物を洗ったりしないといけないので忙しい。



大通りを一本入った筋に建つ彼のアパートに着き、鞄から合鍵を出していると隣の部屋の扉が開いて背の高い男の子がでてきた。あれ隣は空き部屋やったはずなのに、いつ入りはってんやろ。

そう思ってあたしがなんとなくその子を見ていると、目があってしまった。あわてて頭を下げると、ふわりと笑って会釈してくれた。








やっぱり敷きっぱなしだった布団を外に放り出し、散らかった新聞や本を拾った床に掃除機をかけ、洗濯機の中に放り込んでいた彼の服を取り出して干して、コーヒーを入れて一息ついていた夕方にオサムくんがうなだれながら帰ってきた。どうやら競馬はさっぱりだったらしく、午後に行った学校の部活も早々に引き上げてきたらしい。




「あー負けてもた。」


悔しそうに競馬新聞を握るオサムくん。あたしは「負けるんやったら、しなや。」といつも負けた時には恒例になっている言葉をかけた。




「勝つか負けるか、解らんからおもろいんや。」


オサムくんの返答も恒例。
彼は根っからのギャンブル気質で、いつも競馬やら麻雀やらしている。止めといたらと言っても止めないので、今は程々なら良いかなと思っている。全然、程々じゃないけどね…。





「そういえばさ、隣の部屋に人入ってたやん。いつから?」


「あーそういや、おばちゃんが挨拶来てたわ。だいぶ前やけど」


「おばちゃん?若い男の子やったで。大学生くらいの」



昼間の間にせっかく片付けた床やのに、オサムくんはさっそく靴下を脱ぎっぱなしで置いている。






「挨拶来たんはおばちゃんやったでー。親子で住んでんのか。」


「え?狭くない?間取りはここと一緒やろ?」


「せやなー。あ、おばちゃんが持ってきてくれたお菓子、冷凍庫入ってんで。」


「え?なんで冷凍庫なん、アイスかなんか?」


「なんか、おばちゃんがすぐ食べへんのやったら冷凍庫入れとけ言うてたから。」





冷凍庫を開けると、”いきなり団子”と太い文字で書かれたインパクトの強いパッケージのついた包みが入っていた。









あの時の、あの予想をちゃんと読んでいたら、あのレースは…というオサムくんの悔しそうな話を延々と聞かされた後、オサムくんはちょっとすっきりした顔で「腹減ったし飯行こか。」と提案してくれた。あたしもそろそろ、と思っていたので頷いて上着を羽織る。

二人して玄関をでると、思ったより肌寒い空気に包まれた。両手で上着の襟をあわせていると丁度、朝会った隣の男の子が帰ってきた所だった。手に提げてるスーパーの袋に透けてインスタントラーメンとネギが見える。やっぱ一人で住んでるんかなぁ。


男の子がまたあたしを見たので、挨拶しようと思ったらその視線があたしを通り越して後ろにいるオサムくんに投げかけられた。



「あれ?オサムちゃんじゃなか。」



独特の訛りで名前を呼ばれたオサムくんが一瞬黙って、その後に「おお!千歳やんけ!どうしてん?」と驚いたように声をだした。あれ?知り合い?




「どうしたもなか、ここ、俺ん家たい。ってか、うちの学校が寮として借りてんの、オサムちゃん知らんかったとね?」


千歳と呼ばれた男の子は、隣の部屋を指して説明してくれた。オサムくんは「え〜!ほんまかいな!」と帽子を押さえながら大袈裟に驚いた声を出した。そして、「うちの生徒やで。」とあたしに言った。まじで?こんな大きい中学生おんの?
「まぁ、話からしてて近所やなと思ってたけど」とオサムくん。普通、そんな話したら、細かい場所まで話題になんないのかな。




「え?ほな、前に挨拶来てくれたおばちゃんは?」


「多分お袋たい。引っ越しん時、手伝って貰っとったけん。」


「あ、ほんまにー。ちゃんと挨拶しとかなあかんかったな。俺なんや寝起きやったし、あんまり話したんもよお覚えてないわ。」


「お袋、隣の人はちゃんと仕事してるか心配してたばってん、まさかオサムちゃんのこつ言うてるとは思わんかったばい。」




しばらく二人の会話をぼーっと聞いていたあたしの方を向いて、千歳くんが「オサムちゃんの彼女とや?」と首を傾げた。オサムくんが「そやねん、ちゃん。可愛いやろ?」とあたしの肩を抱いた。千歳くんが「うん、かわいか人たいね。」とにっこり笑って言ってくれたのに気を良くして、あたしも「よろしくね。」と笑顔を作った。





その後、千歳くんも連れて3人で近所の中華料理屋に行った。千歳くんは大きいのですごく食べるかと思って、酢豚、チャーシュー麺、チャーハン、唐揚げ、餃子、焼きそばといっぱい頼んだけど、見かけより少食みたい。最初は遠慮してるのかと思ったけど、オサムくんは「いつもこんなもんや。」と餃子ばっかり食べながら言っていた。






千歳くんはあたしにテニスの特待生としてオサムくんの学校に来たこと、生まれ育った熊本のこと、学校のみんなが楽しいこと、色んなことを話してくれた。オサムくんは店のテレビでやってる相撲中継から野球のナイターの流れに釘付けで、何も話さなくなったので、あたしはずっと千歳くんの話を聞いていた。中学生なのに、物事をわかりやすく話す子で、聞いてて飽きなかった。



結局、オサムくんの学校は近所の適当な物件を寮として借りているらしい。その一つがうちの隣で、ちなみに2階にももう一人テニス部の子が住んでいるらしい。「全然知らんかったわ、会わんもんやなー。」とオサムくんは始終言っていて、最後に「あ、やから家賃安いんかな?」と首を傾げていた。どういうことか訪ねると、「あの家、学校に紹介してもろてん。もしかしたら、ちょっと補助でてるんちゃうか。」と爪楊枝を加えながのほほんとしていた。


そんな事実が解ったので、競馬に負けたオサムくんがかわいそうだから奢ってあげようと思っていた夕飯代は、やっぱりオサムくんに出してもらった。生徒の千歳くんもいるし、彼女に奢られてちゃ威厳なくなってまうもんね。








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書いてる途中で、千歳が寮住まいって気付いたよ。