「なんなん、その前髪」



あたしを一目見るなり、光はうわっと小さく声をだした。休み時間に光の教室の前を通っていたら、ちょうど光がでてきたところだった。おはよう、と言うよりも前に自分の彼女に対してうわって何。それはこの昨日に切り揃えられたばかりの前髪のことを言うてるんやろか。




「なんなんって、切ってんやんか」



ムッとして、光にそう言えば、「何でそんな揃ってんの?」と馬鹿にしたような質問を返された。




「ぱっつんなん、可愛いやろ?」


「そんなんして可愛いのはカエラくらいやろ」





はあ!?と思わず大声をだしそうになった。光は人を怒らせたことなど気にしてないみたいに、アイフォンを取り出して弄りはじめる。


そりゃ、あたしよりは小顔でハーフ顔の方が百倍似合うやろけど、っていうか、どんな髪形してもカエラちゃんとくらべたらあっちの方が可愛いに決まってるやん!!


と言ってしまいたかったけど、「そんな当たり前のこと、言われんでも解ってんねんけど」って返されて、またいらってするのは解っていたのでもう光のことはほっておくことにした。その場を離れようと光から目を逸らすと、2年の廊下では見慣れない人物が向こうから歩いてきた。





「おはよーさん」


光の所属するテニス部の部長である白石先輩だ。光がアイフォンをしまって軽く頭を下げた。2年の教室に来るなんて珍しいと思っていたら、「お、さんもおるやん。おはよう」とあたしにも笑顔で挨拶してくれた。
周りの女子をちょっと色めきたててから、白石先輩はあたしに「前髪切ってんや?」と人差し指で自分の額の前に線を描く様なジェスチャーをした。




「そうなんですよーちょっとイメチェンです」



どうですか?と言う間もなく、白石先輩は「へぇーええやん、似合う似合う」と嬉しい言葉を言ってくれた。さっき光に「何それ」と言われたこともあってか、あたしは白石先輩の褒め言葉にえへへと頭をかいた。




「その前髪して可愛なったわ」

「ほんまですか?良かったー」





「白石部長、何の用っすか」




そこで白石先輩と良い気分のあたしとの会話に割って入ってきた光。先輩に対してやのに相変わらずな態度で、いや、さっきよりもずっと不機嫌で…。




「ああ、せや。今日の放課後に次の大会の集まり行くから、練習に顔だされへんねん。せやから、1,2年のメニューは財前に任しとこう思て」

「ああ、それやったら放課後までにメニュー考えときますわ」

「ほんまに、おおきにやで。ほんであともう一つ、今度やる俺の毒草小説舞台化の音楽、財前作ってくれへん?」

「それは嫌です」

「ええ?何でや?」




白石部長の頼み事を即答で断った光に「やってあげたら良いのに」と言ったら「お前は黙っといて」と見事に一喝された。なんなん感じ悪い。白石先輩もびっくりしてるやんか。





「まぁええわ。その話は考えといて。ほんで練習メニューは昼休みに一回メールするかして。」




もうすぐチャイムが鳴るのを気にしてか、白石先輩はそう言ってあたし達に背を向けた。




「白石先輩って良い人だね」


あたしはその背中を眺めながら呟いた。”光のそっけない所も全然気にしてないみたいやし”というのは言わないでおいた。でも言わなくても、隣の光のご機嫌は悪い様子だ。自分の部長が褒められたのに、あたしに怪訝な目をむける。




「ちょっと褒められたからって、舞い上がってもて。きもいわ」

「褒められたら嬉しいに決まってるやん」

「お世辞に決まってるやろ」

「何よ、光なんかいっこも褒めてくれへんくせに」

「似合ってもないもん、褒めてもしゃないやん」







「ほな、チャイム鳴るから」と言ってあたしの目の前の教室のドアを閉めた光。あたしに反論の余地を与えないその態度に腹を立てて一日を過ごしていると、昼休みにまた白石先輩に会って「さっきごめんなー、俺がさんに可愛いゆうたから財前怒ってたやろ?」とすまなそうに謝られた。




「ええ、白石部長のせいじゃないですよ」

「でもやっぱ自分だけが可愛いって言うてたいと思うねん、財前は」

「うーん、そうかなあ。光はこの前髪、思いっきりけなしてましたけどね」

「あいつは自分にだけわかる良さみたいなんが好きやからなぁ」






「なんていうかなぁ、マイナー志向?」と首を傾げる白石先輩。マイナー志向の光の彼女に選ばれているあたしはそんな白石先輩の言葉に大きなショックを受けながらも、とりあえず次の髪型は刈り上げか激マッシュにしてやると心に決めた。






--------------------------2012.05.02
本物志向にしておこう