「んーこれ上手いわ」 白石くんがフラッペを一口飲んで、笑顔で私を見る。 放課後、街のコーヒーショップ。テスト期間が始まった今日の放課後、部活もないしたまにはお茶でもしようと言うことで私たちは隣の駅まで歩いてここのお店に入った。白石くんは夏に似合う爽やかな味を、私は甘ったるいキャラメルラテを頼んで二名席に座った。付近に学校が集まっているこの場所だからか、お店の中は色々な制服を着た学生達で埋め尽くされていて、ちらほらとスーツを着た人が混じってるくらい。 白石くんがじゃりじゃりとオレンジ色の氷をかき混ぜる。美味しそう、と思っても私は一口頂戴なんてとても言えない。白石くんと付き合い初めて1ヶ月、私はまだ白石くんといるのに慣れない。白石くんはいつも笑顔で緊張なんて全然してないようなのに、私は白石くんと目が合うだけで、一緒に歩いていて一瞬肩が触れあうだけでも心臓が跳ねる。 今だって、白石くんは「今度の数学の範囲は」と普通のことを話しているだけなのに、私は彼の視線を真っ直ぐ受け止められない。 「ちゃんは、どっか解らんとこある?」 「うーん、英語はちょっと頑張ろうと思ってる」 「ほんま?ほな、今度小春に教えて貰おうか?」 「ええ、悪いからええよ」 「でもみんなで集まって勉強すると思うで、いつもそうやし。来たらええやん」 白石くんの言葉に「うん、でも」と言い淀むと彼は「そうか」と一瞬残念そうな顔をした後に、「気向いたら言うてや」といつもの笑顔に戻った。 テニス部の子達の間に白石くんと付き合ってるってだけで私なんかが入っていいのかな。という自分の気持ちを言えないまま、ラテを一口飲んだ。店の中はクーラーが効きすぎていて、足下が寒い。私は磨かれた床に足を付けて椅子から降りた。「トイレ行ってくるね」と白石くんに言うと、彼は「うん、行ってきー」とやっぱり私を見つめたまま頷いた。 手を洗って、鏡を見る。見慣れた私の顔はいつもより少し紅くて、この顔が白石くんに見つめられているかと思うともっと紅くなった。いけない、と深呼吸して気持ちを落ち着かせる。洗面所を離れて、席に戻ろうとしてはっとする。 白石くんの所に隣の女子校の制服を着た女の子が2人、私がさっきまで座っていた椅子に寄りかかる様にして立っていた。2人ともきれいに髪を巻いて、スカートから白くて細い足がでている。白石くんに向かって可愛い笑顔を何の迷いもなく浮かべていて、私は何となくその場に入っていけなくて立ちつくしてしまった。 どうしよう、と思っていると白石くんがこっちを向いた。私と目が合うと立ち上がってテーブルの上にあった自分と私の分のドリンクを手に取った。名残惜しそうな2人の女の子に片手で謝るようなジェスチャーをして鞄を取る。白石くんがこっちにくると、女の子の視線が私に向いたのが解った。残念そうな表情。私はあんなに素直に自分の気持ちを出せないな、と心の隅で思った。 「ちゃん、ごめんなー。全然知らん子らやってんけど、なんか急に話しかけられて」 悪そうな顔をする白石くんに「うん、ええよ」と私は色々聞きたい気もしたけれど、そんなことをして白石くんを困らせるのは嫌だったので笑顔を作る。白石くんはほっとした様な顔をして「ほな、帰りながら飲もか」と私に鞄とラテを手渡してくれた。 帰り道、私の頭の中からはさっきの光景が離れなかった。 白石くんが嘘をつくわけはないし、あの2人が全然知らない女の子というのは本当だと思う。でも大好きな白石くんが私の知らない可愛い女の子と話していたことは何だか解らない感情となって心の中で渦巻いていた。それと相まって、女の子があんなに楽しそうに違和感もなく初対面の白石くんと話していたという事実がよりいっそう私を動揺させていた。 「ちゃん?」 白石くんが私の顔を覗きこんではっとする。 「ん?何?」 「テスト終わったらどっか行きたいとこあるっていうの、話聞いてた?」 「あ、ごめん…」 謝った私の顔を白石くんが覗きこむ。いつも笑顔なのに、今はちょっと真面目な顔。 そして薄茶色の瞳がちょっと迷ったように視線を泳がせてから、白石くんは口を開いた。 「ちゃん、言いたいことはちゃんと言うてや」 「言いたいこと?」 「そう、それがあんまりプラスやないことでも、自分の心の中にしまっとくだけやったらしんどなるだけやし、俺もなんや寂しいわ」 そう言って、白石くんは「好きな子の考えてること、俺も気になるし、な?」と首を傾げた。その仕草は一ヶ月前に私に好きと言ってくれた時と同じで、少し顔も紅い気がした。 私はそんな白石くんに「じゃあ、それ一口頂戴?」と白石くんの持っているフラッペを指した。私の少しずれた行動に白石くんは一瞬不思議そうな顔をしながらも、ドリンクを渡してくれて「じゃぁ俺も一口もらお」と私の持っているラテに口をつけた。 さっきまで考えていたことはやっぱりまだ言えないけれど、少しは彼の希望に添えるような女の子になりたいと思っていたら、爽やかな味が口の中に広がった。 ------------------2012.06 |