夏。ただでさえ熱いのに、テニスコートは太陽の熱を反射してあたしの足元から頭の上まで全身をジリジリと焼いてくる。今日は土曜日だけど勿論部活はあるし、さっきコート練習が終わって次は柳による各自のデータ分析だから、今は休憩中。
テニス部のマネージャーであるあたしは部員が使った後のスポーツタオルを集めたカゴを抱えながら、なんとか口の中だけでもと思いさっきブン太から半分貰ったパピコをほおばる。背中を伝う汗に、なんとなく口をついて言葉がでる。





「こんなに暑いなら、ちょっとは痩せないかなあ・・・」


先輩、それアイス食いながら言う台詞じゃないっすよ」




横にいた赤也がさくっと指摘してくる。
今日のあの練習量をこなしていても、茶々をいれてくる余裕があるなんてさすがうちの期待されてるエースだ。





「大体、先輩は痩せたい痩せたいっていつも言ってるくせに、何もしてないじゃないすか」



はは、と口をあけて憎たらしく笑う。絶対、痩せられないっすよー。なんて後輩のくせに全然かわいくない。







「うるさいなぁ。明日から本気だすの」



「うっわ」と赤也が声をだしたのと、「へぇ」とあたし達の足下に影が落ちたのが同時だった。



「俺も気になってたんだよね。はよく痩せたいっていう割りに何もしてないなぁって」




そう言いながら、あたしの持っていたカゴをひょいっと持ってくれたのは部長の幸村。後ろで赤也が「部長も聞きましたよねー!?」と嬉しそうにはしゃいでいる。




「明日から本気出すのかい?」


「…まあね」






そんなこんなで「ここは全員に宣言しといた方が後に引けなくていいんじゃない?」と最後のミーティングのついでにあたしが明日から本気だしてダイエットすると全部員に伝えられた。呆れるジャッカルに真剣に聞き入る真田、の身長に対する適正体重は…とかやりだす柳、にやにやと嫌な笑みを浮かべる仁王に「無駄な努力はやめて好きなもん食ったほうが良いぜー」とガムを噛むブン太。柳生はなぜか少し頭を抱えている。


それよりも「本当にできるんですか先輩ー」という赤也の態度にカチンときて、「やるわよ、やってやろうじゃない!」とあたしは完全に彼らの挑発に乗ってしまった。














良いけどさ、丁度痩せようと思ってたし。やってやろうじゃん!
























まぁ夏だし練習は毎日あるし、勝手に痩せるんじゃない?と軽いノリだったのも事実。


けれど初日に「実践躬行」という毛筆の書を真田にもらってしまい、「お前はサポート業で試合にでれるわけではないが、俺達と同じ気持ちで全国に臨んでくれていると思う。だから俺達も同じ気持ちでお前をサポートするからな!」と息荒く言われてしまい、引っ込みがつかなくなったあたしはとりあえず、参謀のところへ駆け込んだ。








「柳、これは無理…」

「なぜだ?」

「だって、お肉がないもの」

「ささ身があるだろう?それに豆腐や大豆でたんぱく質が補えるから問題ない」



から揚げがない、フライドポテトも。おやつもない。
あたしが顔を見せると、柳が待ってましたとばかりに出してくれた一ヶ月の献立表を手に震えた。納豆、豆腐、寒天…こんな味の無さそうな食生活を一ヶ月も…?しかも、全部夜8時までに。という注意書き付き。






「柳、これ8時過ぎたらお菓子はOKって」

「それはないな」

「ですよねー」





あたしの冗談めいた言葉も柳はすぱっとぶった切ってくれる。
もう一度柳の綺麗な字に目を通す。蕎麦、昆布、ひじきにおから、なんだかお婆ちゃんが好きそうなのばっかり。あと、このEPAを含む食品って何…?





「ねぇ、これ夜中にお腹減ったらどうすればいいの?」







「困るなー」と呟いたあたしに、柳は目を閉じていても十分に理解できる”不可解”という様な表情を浮かべて言った。






「…我慢すれば良い話だろう?」






ほとんどのことをデータで予測しちゃう参謀のそんな場面を見たのは最初で最後でしたね。













けれど周りに宣言していたおかげで、あたしがちょっとでもお菓子に手を伸ばしたりすると、赤也が「あ、先輩なに食べようとしてんですかー」と口を尖らせたり、ブンタに「お前の分は俺が食ってやるぜー」と取り上げられてしまったり、幸村なんかは「別に良いと思うけどね、太っちゃうのはだし」なんて言うもんだから、悔しいながらもあたしの間食の回数は減っていった。柳の献立表を半分くらいは実行した効果もあったのか、その分すこしずつ体重も減ってくる。



仁王なんかは、ここぞとばかりに「、好きなジュースを奢ってやるぞ。何が良い?アイスはどうじゃ?」とニヤニヤとあたしをつっついてきた。でも、そこは持ち前の負けん気でスルーだ。





正直一番辛かったのは、ジャッカルの「俺の親父の国ではグラマーな方が良いんだぜ?あんまり無理して体壊すなよ」という優しさに流されそうな自分がいたのと、柳生の「痩身することが女性の美しさではありません。さんは今のままで充分健康的できれいです。さ、そんな世間の悪い流行に流されずに私の母の作ってくれたマフィンを一緒に食べましょう!」だったね。















そんなこんなで一ヶ月と少し。
あたしは3キロのダイエットに成功した。お腹も引っ込んだし、自分の体が軽い。顔も小さくなった気がするし、秋はどんな洋服を買おうかすごくわくわくする。
ただひとつ不満なのは、毎日会っているレギュラー達が誰一人としてあたしに「痩せたね」って言ってこないことだ。あんなにはやし立てておいて、誰も気付かないとは何事だ。












そんなある日のこと。もう夏休みに入って、暑さも日差しも本格的に強くなった。今日も練習を終えて、みんなが集まっている部室でさっき計った全員分のタイムをデータに書き込んでいる時だった。






「そういえば、先生からの差入れでシュークリーム貰ったんだよ」






幸村の言葉にブン太が「おー早速食おうぜぃ」と腰をあげて、赤也が「先輩はどうしますかー?」とまた憎たらしい笑みをあたしに向けた。ここだ、と思って手元のノートを閉じてあたしは赤也に向き直る。赤也っていうか、その場にいたレギュラー全員。









「自分から言うのもなんだと思って黙ってたんだけどさ…」


「あたし、痩せたんだけど」






そんだけ言ってきたんだから、ちょっと気付いて言ってくれても良くない?と続ければ、赤也がまじっすか?と驚いた声を上げた。仁王が「俺は知らんぞ」と逃げの体勢を見せている。






「3キロ落ちたよ」と付け足せば、部員達がお互いに視線を交える。「お前気付いた?」「いや全然」みたいなアイコンタクトが手に取る様にわかるわ。
柳は「俺のデータでは2キロだったんだがな」とかの姿勢を貫いているし、ブン太はジャッカルに「何で気付かねーんだよ!?」といつもの調子だ。


真田は「気付かなかった自分の不甲斐なさ」に落ち込んで、柳生は「変わらないのだから、やっぱり前の方が健康的で良いのですよ」としたり顔だ。



みんながちょっとあたしへのフォローを考えて、それぞれが”お前が先に行けよ”という雰囲気を醸し出している、そんな中で幸村が口を開いた。







「俺は気付いてたけどね」


「じゃぁ、なんで言わなかったのよ」





疑いの目を向けたあたしに、幸村は珍しくすまなそうなそうな表情をする。







「言わなかったことは謝るよ、でも本当に痩せてきれいになったと思ってたんだ。少し照れて言えなかったんだけどね」


「幸村…」







あ、そうなの…。それならまぁ、仕方ないかな、照れてたんだし!でもそれを言われたあたしもちょっと照れるけど!と幸村に視線を向けて、それを受け取ってか彼がもう一度口を開いた。







「本当だよ。二ヶ月前からそう思ってた」







夏、灼熱の太陽と暑さ。
連日の厳しい練習で疲れているせいもあるのか、自分がマネしている部員にこんなこと言うのもなんだけど、まじ地獄に堕ちろと思ったね。








「良いじゃないか、結果痩せたんだし」




ぬけぬけと言ったその顔に手に持っていたシュークリームを投げつけてやろうかと思ったけど、勿体ないからやめて自分で食べました。










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次期は中3以外でおねがいします。