「あー、暑いし最悪」


あたしは思う様に進まない自転車をこぎながら全てを投げ出したい衝動に駆られた。自転車は答える様に変な音をたてて、その後輪はペシャンと空気が抜けている。夏休みはうざい学校もないし、どんな服装してもうるさく言う奴はいないし最高なはずなのに、今日のあたしは灼熱の太陽に頭のてっぺんから足の先までギンギンに照らされて「暑い」と「最悪」しか出てこない。




今日は彼氏との待ち合わせ時間ぎりぎりに家を出たものの、自転車でダッシュすれば間に合うっしょ。と余裕をこいてたのもつかの間。途中で何か踏んでしまったのか、後ろのタイヤがぺっしゃんこになってしまった。パンク?まじ最悪。
何で今なの。自宅と二駅向こうの待ち合わせ場所の中間地点で呟いた。




急いでたから大通りをさけて慣れない路地を抜けてきたのもあって、自宅からそう遠くはないはずなのに、どうも見慣れない町並みにため息をついた。
周りは住宅街で自転車屋らしきものは全然見つかんない。太陽の光を除けたいのに平べったい大きい家ばっかでろくな陰もできていない。塀の上からでている大きな木がところどころ木陰ができているだけだ。




とにかく最悪、このまま駅までいかなきゃなんないの。とだれていたら、目の前の角から急に人影がでてきた。慌ててブレーキをかける。って言っても元々そんなにスピードもでてないし、すぐに止まった。ちょっと!!と文句を言おうと思ったら、飛び出してきた人物は見たことある顔だった。






「柳じゃん」



自転車が目の前からでてきたのに、全然驚いてもいないような顔をしていたのはクラスメイトの柳蓮二だった。夏休みのくせに制服着てるから、夏休みまで勉強してるのか、相変わらずだな。と思ったら、背中に大きなテニスバックを背負っていて、部活だったのね。と納得する。



か。自転車が来るのは解っていたが、は予想外だったな」


あたしを見て珍しい表情をしながら柳蓮二は呟いた。始業式以来、久しぶりに見た柳蓮二の肌は少し焼けているような気がする。





「柳ん家この近くなの?部活帰り?」

「ああ」

「意外と早いんだね」

「今日は家の用事があるのでな。俺だけ早く切り上げたんだ」





そういいながら柳蓮二は「どうやら自転車がパンクした様だな」なんて、また言ってもいないことを見破ってきた。どうやらこれが柳蓮二のデータの力らしく、あの理科室でのこと以来、ちょこちょこ話すようになってわかってきた。
あたしは一応「なんで解ったの?」と聞いて、柳蓮二は「角の向こうからタイヤがすれる変な音がしていたからな」と教えてくれる。
「パンクしたまま乗っていると自転車によくないぞ」なんて注意までしてくれた。





「そうだ、柳。この近所に自転車屋ない?」


「あるにはあるが…一番近い店が今日は定休日だ。後は全て1キロ圏外だな」


「えー急いでんのに!」





もうそれって無いじゃん。とか思ったあたしの方を見ながら、柳蓮二は「確か900メートル先にもあったな」と思い出した様にあたしが今きた方向を指した。
一応急いでるんだし、進行方向にあって欲しいんだけどな。っていうか、その店多分あたしの家の近所の店だわ。でも他に無いなら仕方ないよね。


そんなことを思いながら、超めんどくせーと今きた道を戻ろうと自転車のハンドルを左に傾けた。でもそのハンドルがそれ以上動かなくなった。何?と思ってあたしが視線をむけると、柳蓮二がハンドルに手をかけて押さえている。





「うちで直そう」

「ええ?柳ん家で?何で?」

「うちは大体パンクは父親が直すんでな。穴が開いたくらいなら俺もできる」



すげーなってのと、柳って自転車とか乗るんだ。という気持ちを口からでないようにして、あたしは別の言葉を口にした。





「良いよ、悪いし。それに柳、用事あるから帰ってきたんでしょ?」

「修理は15分もあれば済む」





                                   
、急いでいるのだろう?と柳蓮二の有無を言わせない言葉にあたしはハンドルを元の方向に戻した。この自転車を押すにしろ乗るにしろ、どこかの店まで持ってくにはその道のりだけで15分くらいかかるってのを気遣ってくれたんだろう。






「じゃあ、おねがいしまーす、柳ん家どこ?」と聞いたら、「ここだ」と指したのが、「すげー長いなこの塀」と思って通り過ぎてきた家だったのでびっくりした。














裏口の様な所から自転車を押して入ると、すぐに物置だと思われる建物があって柳蓮二がそこに自転車をとめるように言ってくれた。スタンドを降ろしながら、家の方をしげしげと見る。柳蓮二が物置の中から小さな木箱と、水をためたバケツを持ってでてきた。





「柳ん家でかいね」

「うちは祖父母も一緒に住んでいて人数が多いからな」





柳蓮二は木箱を取り出しながら言った。
中には変なパーツやチューブが入っていて、それらの形がばバラバラなのにも関わらず、小さい箱の中に几帳面に納められていて柳蓮二のお父さんの几帳面さがよくわかる。






「柳ってさ、お父さん似?」

「母親似だとよく言われるが・・・」

「ふうん」





あたしに返事しながら、柳蓮二は後輪のフレームとゴムの隙間にくの字型の器具を差し込んでく。タイヤの外側のゴムの部分はすぐに外されて、中のチューブを取り出す。空気口に空気入れを差し込む。





「あたし、空気いれるよ」






柳蓮二が「気にするな」と言いかけたのを遮って、あたしは空気入れを手にとって片足を乗せた。空気を入れ始めると、仕方なさそうに柳蓮二はそれを見守ってくれた。




チューブが空気でパンパンになると、この暑さであたしの背中には汗が流れた。柳蓮二が水の溜まったバケツにそれをつけて、空気の泡がプクプクと上がってくるところを見つける。その一点を指で押さえながら、もう片方の手で空気栓を緩めると、空気が一気に抜けてチューブがペタンコになった。


押さえていたところを雑巾で拭いてから、黒いゴムの布のようなものをはさみで四角く切りとる。角もきちんとカーブになるようにして、彼のしぐさの端々から”几帳面”というのが伝わってくる。柳蓮二は箱に入っていたチューブを取って、切れ端の片面に塗る。それも丁寧に。それを持って、柳蓮二は手を止めてしまった。






「それ貼らないの?」


「ああ、これは乾いてから接着の効果がでるものだ」





あたしの疑問に柳蓮二は顔をあげて答える。




「それよりも、時間は大丈夫なのか?」


「んーん、全然だめ。遅刻だわ。一応、自転車がパンクしたってメールしたけど、怒ってんじゃないかな」




良いながら携帯の画面を見れば、メッセージが一件来てた。
うわーと思いながら開いたら、案の定”暑い”と駅前で待ってくれてるんだろう彼の苛つきが簡潔に表された二文字が映し出されていた。





「これやばくない?」と画面を見せたら、柳蓮二は「大変だな」と表情を変えずに呟いた。




「柳も時間にルーズなのとか嫌いそうじゃん」


「きちんとした理由を説明してもらえば構わないな」


「まぁ、そうだよね」












そうこうしている間に、柳蓮二はチューブの穴の所に切れ端を当てて押さえた。
あとはさっきの工程を戻していくだけらしく、柳蓮二はタイヤの中にチューブを押し込んでいく。最初は細くて長くて、女の子みたいと思って見ていた柳蓮二の指はタイヤについていた泥や油なんかで真っ黒に汚れていた。
学校では考えられないな、なんて思いながらあたしは彼の手元をずっと見つめていた。






最後の空気入れもあたしがやろうと思っていたのに、今度は柳蓮二に先手を打たれてしまい、結局柳蓮二がタイヤに空気を入れてくれた。空気入れする柳蓮二なんて、おかしすぎる…なんて笑いをかみ殺していたら、「そんなにおかしいか?」ってまた考えを読まれてしまい焦った。






「ごめんね、柳。でもほんとに助かった」





チェーンに油まで差してくれて、すっかり調子の良くなった自転車を押しながらあたしは裏口の前まで見送りに出てきてくれた柳蓮二に言った。





「気にするな。時間は大丈夫か?」


「んー、超怒ってると思う。めんどくさいな、こないだもさー」



顔をしかめていると、つい口をついて愚痴がでてしまった。
”すぐ怒るし”とか”超、子供だし”とか色々。
そんなのを聞かされた柳蓮二は少し笑顔を作ってあたしに口を開く。





「でも好きなんだな」




今更そんなことを真っ直ぐに、しかもクラスの男子に言われてしまい、思わずあたしは思わず言葉に詰まってしまう。





「ってかさ、柳は彼女とか好きな子いないの?あたしの友達とか紹介してあげよっか?」





大丈夫!ギャルじゃない子もいるし!!
顔が熱くなってくのを感じて焦りながら他の話題を持ち出したあたしの言葉を柳蓮二が遮る。





「いや、間に合っている」



冷静に、そう答えた柳蓮二に「え!?誰?立海の子!?うちのクラス?あたし知ってる!!??」と怒濤の質問を始めようとした瞬間に、鞄の中から怒りの彼からの着信であろうミリヤちゃんが大音量で流れだしたので「うわ、やば!」とあたしは慌てて自転車に跨った。






「ごめんね、柳。まじありがとー!」




自転車をこぎながら、鞄を探って携帯を取り出す。どうしたらあいつは機嫌をなおしてくれるだろうか?クラスの男子にパンクなおしてもらってた。なんて言ったらもっと機嫌悪くするんだろうな。さっき柳蓮二にあんなことを言われたせいか、いつもなら喧嘩腰になってしまうのに、今はどうやって彼をなだめようかと考える。
振り返ると柳はもう塀の中に入ってしまっていて、あの手の汚れはすぐに落ちてくれるかなぁ。なんてちょっと心配になった。









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