ほんの一ヶ月前まではあんなに暑い暑いと騒いでいたのに、気がつけばもうすっかり秋の気配だった。秋といえば、紅葉やサンマとか日本の風物詩って感じなのに、うちの学校はちょっと別物な感じ。テニス部が強いからってスポーツの秋? 違う違う。学園あげての一大イベント、跡部景吾様の誕生日。 「で、どうすんのよ。今年は」 部室の椅子に腰掛けて言ったあたしに、目の前の忍足と宍戸が腕を組みながら首をかしげる。今日の議題は明日の跡部の誕生日、プレゼント攻撃対策。 去年は跡部の誕生日が日曜日だったのにも関わらず、その二日前の金曜日には廊下を歩く度に「これ跡部様に渡してー!」と色んなものを手に持たされたり、部室に女子が押しかけたり大変だった。 放課後の部活中なんかは他校の女子も加わって、部員達が練習をする傍ら、コートの外で仕事をするあたしにはこれ跡部様に渡しといての総攻撃。 断れば「あんた抜け駆けするつもりでしょ!」と責められるし、受け取れば私も私もと次々に女子が押し寄せてきて、仕事どころじゃない。 今年の跡部の誕生日である明日は平日なので、去年よりもずっと大騒ぎになるのは目に見えている。そこであたしは跡部様の誕生日対策委員会を忍足と宍戸と一緒に立ち上げた。岳人も誘ったけど、面倒くさそうといち早く逃げられてしまった。 当の2人は変なことに巻き込まれて不満たらたらという顔をしているけれど、去年はあたしに負担がかかりすぎたので今年は3人で分担しよう。というのがあたしの主張。 「そんなん樺地がなんとかするんちゃうん」 「ばかね、樺地はもう日吉や鳳と一緒に来年の氷帝を担うでしょ。練習に集中させてあげなきゃ。でもあの目立ちたがり屋の跡部のことだから、明日は絶対コートに顔出して練習に参加すると思う」 「後輩達の練習が脅かされないように先輩であるあたし達がサポートすべきじゃない?」 って力説すると、賛同してくれるもんだと思ってた宍戸が「俺は長太郎に環境に左右されるような精神教えてねーよ!」と逆に憤慨されてしまった。 「ほんで、具体的にどうしたええん?なんか案あんの?」 「そうね、渡し代として手数料を貰うとかね。一個につき1000円」 「お前ってどうやってそのいやらしい発想出してくんだ?」 宍戸の言葉に少し反省した顔をしていると、ちょうど生徒会を終えたらしい跡部が部室に入ってきた。あたし達の顔を見て「お前らまた何企んでんだよあーん?」だって。 「お前らって、一緒にしやんといてくれるか?」 忍足が心外そうに言った後に「去年の跡部の誕生日は大変やったから、今年はちゃんと対策しとくねんて」と続けた。それを聞いた跡部から「何が大変なんだよ、めでたいだけじゃねえか」なんてこっちの迷惑なんて何も解ってないお言葉を頂いた。 「大変だったわよ、去年のあの荷物を運んで腕がパンパンになった忘れたわけ?」 コートの周りには邪魔だから置いてけないし、樺地は練習中だし車は校内には入れられないからと、何回も部室とコートを往復してあの荷物を運んだのに。しかも途中で当時の跡部の彼女が”景吾に他の女のものを渡すな”と暴れたりして大変だった。それを覚えていないというのか。 あたしの苦労なんて何も気にしてない跡部はその話を聞いてもいまいちピンと来ない様で、腕を組んだままあたしを呆れた様に見ている。 「その代わり、お前あの中からめぼしいもの抜いただろ?」 「抜いてないわよ!!」 どうしてあんた宛のプレゼントをあたしが貰わないといけないのかととんだ濡れ衣に憤慨しているにも関わらず、跡部は「いやお前ならやるに決まってんだろ」と絶対に譲らなかった。 その後に「お前は余計なことすんなよ」とあたし達を残して部室を出て行ってしまった。 「何あれ、ひどくない?」 「まあ、日頃の行いやからしゃあないやろ」 「そうだな。事実でも違和感はねーよ」 あたしが同意を求めたのに忍足とは宍戸は跡部の方の意見に頷くばかりだった。 それにまた腹が立って、あたしは忍足と宍戸にも怒りをぶつける様に声を荒げる。 「じゃあ明日はほんとに知らない。預けられても絶対その場に捨ててく!」 「余計なことはすんなって言うてたから、跡部自分でなんとかするんちゃうん?」 忍足はもうこの話は終わったとばかりに鞄を肩に担いで帰る準備をしているし、宍戸はラケットを手にして今から練習に参加するスタイルだ。あたしもまだ怒りは収まっていないけど、本人がここにいない以上どうにもならないので自分の鞄を持って、帰ることにした。そして二人に向かって手のひらを出す。 「一人500円ずつね」 あたしの開いた手を前に、何のことだというように二人が顔を見合わせる。 「明日、みんなでケーキ買おうって言ってたでしょ?」 「聞いてねーよ。大体そんなの、跡部が勝手に持ってくんじゃねーのか?」 「せやな、自分の誕生日やのに自分で用意しても何も不思議ちゃうわ」 「普段跡部に色々出してもらってんだから、こういう時くらいさっさと出しなさいよ」 あたしの言葉に忍足がしぶしぶという感じで鞄から財布を出す。宍戸がそれに「わりいけど、明日返すから俺の分も払っといてくれ」と頼み、あたしは忍足から1000円を受け取った。 「買っても安物や言われるだけやと思うけどなぁ」 最後まで不満そうにしている忍足を尻目に、あたしは跡部のケーキを一緒に予約しに行こうと誘う為に滋郎ちゃんに電話をかけた。 翌日の誕生日当日は忍足の言ったとおり、跡部は空き教室を丸々借りて朝と昼休み、放課後の一部の時間に自らプレゼントを受け取ることにしていた。そりゃ女の子達もあたしに渡すより、本人が受け取ってくれる方が断然嬉しいだろう。あたしがプレゼントを押しつけられることは無かった。 そんなこんなで、今年の跡部様の誕生日は快適に過ごすことができた。 みんなにお金を出して貰って買ったケーキは、忍足の予想通り「安物か…」と跡部に顔をしかめられたけれど、みんなで買ったと知れば無下には断れない様で、切り分けているあたしに向かって「少しで良い、少しで良いからな」と何回も念を押してきた。でも、あたしは「主役は跡部なんだから気にしないでよ!」と一番大きく切れたケーキにおめでとうのプレートを乗せてあげた。跡部はそれはそれは不味そうにホイップクリームの入った口を動かしていた。 -------------2012.10.04 ビジネスライクな彼らが好き。 |