放課後は戦争だ。
あたしの彼が強豪テニス部の部長で練習がとっても厳しいのとはちょっと違う。彼が生徒会長も兼任していて、熱い議論が交わされるのとも違う。もっと私情がたくさん入ってて、馬鹿馬鹿しくて、でもあたしには何よりも重要な戦いだ。























「ねぇ。跡部今度いつあいてるの?」





放課後、跡部以外の役員がみんな帰ったのを確認してここにきたあたしは自分専用の机にむかう跡部に寄り添う様にして訪ねた。結果、覗きこむようになったパソコンの画面に目を通したら、一週間の練習メニューの文字。
跡部は「今メニュー組んでんだろ」とあたしのことを鬱陶しそうに扱う。あたしが可愛く口を尖らせても、画面から視線を上げようともしない。








             
「先週の約束が駄目になった分、また行こうって行ってたじゃない。あれ、いつ?」


「ああ、そのうちな」







”そのうち”
跡部の口からは聞き飽きたこの言葉にあたしはうんざりだ。好きなんて言葉より、断然多く言われている。









「そのうちっていつよ!?」


「あーん?うるせーな。そのうちはそのうちだ」


「いつもそればっかじゃない。そのうちそのうちそのうちそのうち!ちゃんといつか言ってよ!来週とか再来週の日曜とか!」


「来週は選考会で、再来週はうちの会社の創立記念式典だ」











怒りをぶつけるあたしの目の前の跡部はヒステリックに怒鳴られようが、自分専用のソファーに座ったまま、まだまだパソコンから視線を外さない。さっきからうんざりしたような口調の返事をあたしにしてくる。あたしはそれが気に入らなくって、ますますヒートアップしてしまう。







跡部様とその彼女であるあたしがこうなるのはいつものことだ。
明日の教室で「ちょっと聞いて!」とクラスメイトに愚痴っても、彼女達には「またぁ?」と呆れた顔をされるだろう。


原因は跡部の学生という立場とは常軌を逸した多忙さである。
生徒会長で全国に通用するレベルのテニス選手で、実家は財閥な上に長男な跡部は朝早く起きてトレーニングばっかりしてるし、試合や打ち合わせなんかで休日にも制服を着てどこかへ出かけてしまう。部活がない日だって、部員を連れてご飯に行ったりお爺ちゃんの会社に顔出したり。あたしのことなんて二の次…いや五の次くらいだ。

しかも、デートはすぐにキャンセルするくせに、自分の気が向いた時はあたしはもうくつろいでいるのに家まで来たり、放課後なんかは部活や生徒会が終わるまで待ってろなんて言ったり自分勝手だ。








彼女である私は当然、不満たらたらである。顔も頭も良くてスマートな上にスポーツもできて、いつも頑張っている跡部のことは大好きだけどそれとこれは別だ。いや、大好きだからこそ一緒にいたいのに。そしてあたしはいつも跡部に会える時間を優先しているのに、跡部はあたしのことを後回しにするのがとても悔しい。同時に不安。本当にあたしのこと好きなのかって。



そんな気持ちを抱いて跡部を見ても、やっぱりパソコンから視線は離れない。
跡部の態度にムカッときて、また自分の声のトーンが上がっていくのがわかる。









「いつも忙しいなんて言ってるけど、こないだの試合の後に千石くん達と女の子とご飯言ったんでしょ?知ってるんだからね!」







今日の休み時間、滋郎が「見て、こないだご飯行った子達が写メ送ってくれてさー、結構レベル高くない?!今度遊びに誘われちゃったC!」と意気揚々とあたしに携帯を差し出してきた。
「えーどの子どの子?」と興味津々に画面に目を向けたあたしは固まった。画面には滋郎に忍足、千石君に他にもちらほら見たことのある跡部のテニスつながりの男の子達の間に山吹の制服着た可愛い女の子達が楽しそうにポーズをとって座ってる。見つけたのは、その一番奥にちゃっかりソファーに背中を預けてる跡部の姿。




「滋郎、これいつの?」




あたしの声の暗さを感じ取って画面に目を向けた滋郎は、跡部が写ってるのに気付いて「やべ」という顔をして「えーと、先々週の、日曜だったかな〜」と気まずそうに視線をそらした。
先々週の日曜って、地区大会であたしも見に行った試合じゃん!しかも、終わった後どっか行こうって誘ったら「バーカ、終わっても俺様は忙しいんだよ」とか偉そうに言われて渋々引き下がった日だ。



今日のあたしがしつこく食い下がるのはその出来事のせい。「俺がバラしたって言わないでね〜」っていう滋郎のお願いにも神経を逆撫でされたのと、最近は特に跡部が忙しくて我慢してた分、いつも以上にお腹がムカムカしてくるのが解った。ぜーーーったい、丸一日あたしの為にあけてくれる日を作ってもらうんだから!!









「あーん?別に2人きりで飯食いにいったわけでもないだろ?」



なのに跡部は全く悪びれずに、寧ろ悪いなんて気持ちは塵ほども無い様子だ。




「じゃあ何であの時、みんなとご飯行くからって言わなかったの?しかも、最近全然出かけたり出来てないのにあたしとは行かないのに他の子とは行くんだ!!」


「うるせー、黙れ。ぶち殺すぞ」


「ぶちころ!?!?」









ちょっと、どうなの!彼女にむかってのこの言葉!彼女以前に、女の子に対してだよ!
跡部の開き直った態度に、あたしは怒りを通り越して呆れてしまった。
どうせあたしが何言っても謝ってなんかくれないだろうし、怒るだけ無駄だきっと。









「じゃあ、もういいよ」





あたしは自らこの戦争の幕引きを宣言した。これ以上無駄な争いはあたしが傷つくだけだきっと。負けるが勝ちってね。もちろん心の底からそう思ってるわけでなく、あたしは切り札がちゃんとあるのだ。
跡部の方はあたしがもうちょっと突っかかってくるとでも思ってたのか、意外そうな視線をちらりとこっちに投げかけてきた。すぐに視線は元に戻ってたけれど、あたしは跡部に聞こえるように大きな声を出す。









「跡部と海に行こうと思って、せっかく新しい水着買ったのに」





そうなのだ。こないだの跡部との約束が駄目になった日は、かわいそうに思った友達が一緒に買い物に付き合ってくれて、2人で夏休みに向けて水着を買った。
一応彼女の水着姿なんだから興味あるはず。そうなはず。跡部の方を見ると彼は身を乗り出すこともなく背もたれに背を預けたまま、丸めた資料を手に呟いた。









「水着、ねぇ」


「今度のクラスみんなで行くサマーランドで着てこーっと。残念だけど忙しい跡部様は見れませんねー」




あんまり興味を示さない様子の跡部に少し意地悪く言った。
こないだ買った水着は半分は跡部との海デートをしたい為に、半分は今度クラスのみんなでプールに行く為のものだ。あたしがニヤニヤと顔を緩めていると、跡部は資料を机の上に置いてあたしの方に向き直った。










「今着ろよ」


「はぁ?」


「今着れば良いじゃねーか。見てやるよ」


「バカじゃないの。しかも学校に持ってきてるわけないし。試着の時の写メならあるけど…見たい?」









見たいでしょ?とばかりに聞けば「ほお、見せろ」と跡部があたしの方に催促する形で手を出したので、携帯の画面にこないだ友達に撮ってもらった画像を出した。それを跡部の目の前に差し出す、そして彼が身を乗り出してきた所で「1,2,3,」と数えて手を引っ込める。









「はい、終わりー!!」








あたしの行動に跡部が怖い顔を作って「てめぇ!」と声を出した。
こんな跡部の顔みるの珍しいなと思って、調子に乗ったあたしは携帯をポケットにしまって言い聞かせるように跡部に言う。








「見たかったら一緒に海行こうね」








あたしの勝ち誇った態度に、跡部は悔しそうな顔をすぐに引っ込めてため息をついた。でもすぐにこっちの方に向き直って、いつも通りの偉そうな口調になる。








「そのクラス会、いつ行くんだ?」

「来月の第二日曜日だよ」


「じゃ、その日な。海でもプールでも行ってやるよ」







きっとさっきの仕返しなんだろう、びっくりしたあたしの顔を満足そうに見る跡部の言葉に、悪魔かと耳を疑った。










「その日はみんなでプール行くって言ってんじゃん」


「あーん?それどうせ女子だけじゃねーだろ?」


「クラスのみんなで何だから男子も行くよ」


「知るか。俺はこの日しかあいてねぇ、決定だ」


「無理だよ!」









あたしの言葉に跡部は表情を思いっきり不機嫌にした。
そして「じゃあ好きにしろ。その代わり俺様を差し置いて他の男と遊びに行ってみろ。金輪際お前とは出かけねえからな」なんて、今までの自分の言動なんか何一つとして省みていない言葉。自分は約束勝手に破るくせに、あたしが男の子(しかもクラス会)に行くのはいい顔しないなんて、本当に自分勝手!
あたしが跡部に向かって「自分勝手!自己中!」とブツブツ言っても、そんなこと鼻にもかけてない様子だ。いつの間にかパソコンの電源を落として、資料を鞄にしまっている。









「あとさっきの写真メールしとけよ」

偉そうに命令して、帰るぞ。とも言わずに扉の方へ早足で歩いていってしまう。









あたしの都合なんて一切考えてくれない跡部にまた一つ不満を抱いて、それでもクラスの子達には「跡部がこの日しかあいてないっていうから…」と頭を下げたら許してくれるかなぁなんて考えてしまう。
いつもの様に「そんなのさあ、絶対言ってるだけなんだからみんなでプール行っちゃおうよ!」って女の子達に言われるかもしれないけど、きっとあたしは跡部を断れない。だって忙しいんだもん。生徒会長だし、部長だし、御曹司だし。今度いつ遊びにいけるかなんてわかんないし。写真も試着なんかじゃなくて、ちゃんと送れるように可愛く撮ろう。

入り口に立って早くしろとイライラした表情を隠しもしないでこっちを睨んでいて跡部に駆け寄って腕を絡めれば、彼は慣れた仕草で自分の脇をあたしの為にあけてくれた。








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季節はずれ