謙也くんが星に乗ってやってきた。光速スピードであたしを追い越してこっちを振り向いてから、お前遅いねん、俺先行くでと言い残して。眩しい光に目をチカチカさせたあたしは「待って」とも言わず、追いかけもせずに謙也くんの背中を見送った。まばゆい光を放ちながらやがて謙也くんは見えなくなってしまった。




















夢をみた。
朝起きると時計の針はあたしが思ってるより30分も先の時間を刻んでいた。
きっと学校に着く頃には朝練の声もみんなのおはようの声も聞こえなくなっているだろう。
あたしはゆるゆると起き上がって、空気の冷たさに震えながら掛けてあった制服を手にとった。










「お前、また遅刻?」






教室に入ってもう慣れっこになってしまった先生の視線を受けながら席につくと、隣の席の謙也くんがあたしの顔をのぞき込んできた。あたしは「うん」と頷いてコートを脱いだ。謙也くんはあたしの素っ気ない返事なんて意にも介さず「また起きられへんかったんか?」と不思議そうに訪ねてきた。




謙也くんはあたしの隣の席の男の子だ。明るくて面白くてテニスが強くて、男子にも女子にも人気者だ。テニス部の部長の白石くんと仲が良くていつも一緒にいる。白石くんは優しくて周りの男子より落ち着いていて、顔もすごく整っていてものすごく女の子にモテる。
謙也くんは完璧な白石くんよりはちょっと抜けていて、たまに変なことを言ったりやったりして先生に怒られる。でも謙也くんはそんなことなに一つ気にせずに、いつも笑っているような男の子だ。


そんな謙也くんと今年初めて同じクラスになったあたしには、自分なんかが隣の席なのが申し訳ないと思うことがある。








朝が弱いあたしが学校に遅刻してくる度に謙也くんはあたしの顔を下から覗き込んで「お前、また?」と聞いてくれる。さっきと同じ仕草で頷いたあたしに「何で起きられへんのやろなあ」自分のことでもないのに、真面目な顔して謙也くんは首を傾げた。





「せや、俺が朝迎えに行ったろか?」






謙也くんのアイデアにびっくりして「いい、いい」と両手を振ったあたしに、謙也くんは「えーで遠慮せんで。お前ん家近いし」と得意そうな笑顔を作った。
隣の席になってお互いの家が近所だねって話したけど、だからって謙也くんが朝の弱いあたしの為に家まで迎えに来てくれることなんてない。
そう伝えると謙也くんは「そんなん気にせんでええのに」と呟いてから「あ、でも俺朝練あるから早いしな、ない時はええけどな」って首を捻った。






「お前テニス部のマネージャーやればええんちゃうん?ほな早よ起きなあかんやん」






遅刻もいっぱいしてて、体育も嫌いなあたしに誰がマネージャーになって欲しいなんて思うのだろう。でも謙也くんはやっぱり真面目な顔であたしをみてる。










「それはちょっといやかな」


「なんで?帰宅部やろ?なんで部活入ってへんの??」


「…だって部活とか面倒臭いねんもん」









その言葉を言ってしまってから、あたしは謙也くんが部活をすごく頑張ってることを思い出してはっと顔をあげて謙也くんを見た。









「めんどないめんどない。めっちゃ楽しいで、テニス部やなくても何か部活やればええやん」






そう答えた謙也くんは嫌な顔一つせず、むしろ白い歯を見せながら部活を面倒くさいと言ったあたしにそれをオススメしてきた。謙也くんのこういう所を見る度に机をちょっと離したくなる。そして、そんなことを思ったあたしが一生謙也くんの方へ行くことはないんだろうと、ものすごく落ち込んでしまう。


でもあたしが落ち込んでいることなど知らない謙也くんは先生の目を盗んで、小声で話しかけてくる。






「ええやん。、俺明日は朝練ないしほんまにお前の家行ったるから一緒に学校来よ」








謙也くんはあたしに嫌な顔をする暇も与えずに「約束やな」とまた白い歯を見せた。素直に頷けないあたしも先生の方を気にしながら、小声で訪ねる。






「あたしが起きてなかったらどうすんの?」


「起こすやん」


「なかなか起きひんかったら謙也くんも遅刻すんで?」


「ほな俺まで遅刻せんように、明日はよ起きといてな」





あたしの卑屈な言葉にも謙也くんはなんでもないことのように答えていた。














***









翌朝、30分早く起きたあたしに家族は目を丸くした。朝から眠たさなんて全然感じさせない顔をした謙也くんはモタモタと靴を履くあたしを急かしもせずに白い息を吐いて待っていてくれた。






「謙也くん、何でそんなあたしのこと構ってくれてんの?」








学校に向かう途中、あたしは謙也くんにたずねた。自分のことでもないのにあたしやったら、絶対そんなんしてへんもん。そう言うと、謙也くんは「そやなあ」とちょっと考えた。









「教室にみんな揃ってる方がええやろ?その方がなんや楽しいやん」






謙也くんはあたしが「そんなん…」と否定する可能性なんか一ミリもない笑顔をして答えた。謙也くんにはどんな遅刻の言い訳も伝わらないような気がしてから、自分が考えてることなんかどうでも良くなってきてしまった。









「謙也くんは寝坊とかせーへんの?」





謙也くんは「んーせんなあ」と首を傾げる。





「てか、しても絶対ダッシュしたら間に合うもん。ほら、俺スピードスターやから」










「俺、めっちゃ早いねんで」と笑う謙也くんの歩幅はあたしにあわせられていた。その優しい笑顔に「あたしテニス部のマネージャーやりたいな」と呟いたけれど、ちょうどあたし達の横を大型トラックが駆け抜けていって謙也くんは「ん?」と首を傾げただけだった。









「ううん、何もない」

「何?」

「朝弱いのんなおったら聞いてな」










光に透けた髪を金色に光らせながら、謙也くんは「、やる気やな」とつり目をギュッと細めた笑顔をこっちに向けた。朝日か謙也くんかどっちか判断がつかない眩しさに目をつむったあたしは自分の背が自然と伸びていくのを感じた。














謙也くんは星に乗ってやってきた。あたしなんかには到底行けない遠い遠いところから、高速スピードでなんにも面白くないこんなとこまでやってきた。 そしてどんな場所にだって差し込む太陽よりも強い光であたしも何もかもをキラキラにして、どんなに遠くだってみんな一緒に連れてってくれるみたい。
 











----------------2012.12.29
みなさん良いお年をね。