さっちゃんが跡部の話をするときはキラキラと目が輝く。跡部があたしに話しかけるときは、ニヤリと口の端があがる。あたしはいつも、ドキリ。胸が痛む。 決してあたしが悪いわけじゃない。全部自己責任にするような可愛らしい性格じゃない。でも、あたしになんの壁も作らず無邪気になついてくれるさっちゃんと、意地悪くそれでも嬉しそうに話しかけてくれる跡部。そんな跡部に確実に惹かれていくあたし。 あたし達3人は不器用に、それでも自分の幸せを追い求めてる。 グッデイ グッバイ マイディアー 「跡部君はさー」 昼休み、いつものようにさっちゃんが嬉しそうに跡部に話しかける。その屈託のない笑顔は本当に何も知らないんだ。正直、跡部のあたしに対する見え見えの態度に少しは気付いけよ。とか、気付いて気使えよ。とか思ったこともある。 でも、こんなあたしが心から大切だと思える唯一の他人だ。そんなさっちゃんは跡部君はどんな食べ物が好きなの?とかどんな本読むの?とか色々聞いて、思い出したように「クラブの部長によばれてるんだったー!2人ともまた後でね」とあたしたちに言葉を発する暇を与えずに廊下の角を曲がってしまった。 残された跡部とあたしにはなんと言えない沈黙が少し残って、それをためらうことなく跡部が打ち破った。 「どうすんだよ、あれ」 「どうもしないよ、あれとか言わないでよ」 「俺はお前が好きだっって言ってんだろ」 跡部はあたしの言葉なんかきいちゃいないように答えた。これまでに、何度となく言われてきた言葉。数え切れないくらいにあたしの心をふるわせてきた言葉。 「あたしは、好きじゃないよ。跡部のこと」 あたしはゆっくりと息と一緒に言葉をはき出す。跡部にも、自分にも言い聞かせるように。 「お前がどうしようと俺はお前が好きだ。あいつを好きになんてならねぇ」 跡部はそのきれいな眉を少しも動かさないまま、さっちゃんが聞いたらその場で泣き崩れるであろう言葉を吐いた。 そんなにサラリと言ってしまわないで。 あたしの気持ちを知ってるくせに。さっちゃんの気持ちも知ってるくせに。 もしさっちゃんに跡部とあたしの本当の気持ちを伝えたなら、あの子は必死に謝ってすごく自分を責めるんだろう。そして、笑顔であたし達の背中をおす。そんなの目に見えるぐらいに解ってる。だから嫌だ。跡部と付き合うのも、さっちゃんを泣かせるのも。どうしてさっちゃんなんだろう。あたしはさっちゃん以外なら、誰が泣いたって良いのに。 「そういう問題じゃない。さっちゃんがいなくてもあたしは跡部を好きじゃない」 「・・・」 跡部があきれたようにため息をつく。顔を上げることができない。あの視線に射抜かれたら、何もかもどうでも良くなって、今すぐ抱き合ってキスしたい気分になる。跡部はもう少しであたしの理性も友情も何もかも吹っ飛ばしてしまいそうだから。 「お前、放課後つきあえよ」 こうしててもラチがあかねぇ、そう付け足した跡部にあたしは「嫌だよ」と答えた。 それを無視して床をする音がして跡部が離れていくのがわかる。あたしは高鳴る心臓をおさえる。チラリと跡部の後ろ姿を盗み見て、「絶対、行かないからね!」と叫んだ。 跡部は振り向かずに廊下に「行かないから」と叫び続けるあたし一人を残して行ってしまった。 嫌だ。ちゃんと決着をつけるのが。跡部があたしに「好きだ」って言ってくれなくなる。跡部があたしの存在を消そうと必死になる。 「いとこがくるんだ!可愛いんだよ!」 今日はさっちゃんがうれしそうにさっさと帰ってしまった。 あたしはまだ教室で北風が吹く窓の外を眺めてため息をついた。跡部は別にあたしを迎えにくる様子はない。でも、校門に一人ポツンと人影が見えるのは、きっと跡部だろう。学校中の人気者がこんなあたしをこの寒空の中待ってるなんてさっちゃんじゃなくてもショックだろうなぁ。あたしは今日は水曜日だから部活ないんだろうな、とか考えて、さっちゃんからの情報で跡部のスケジュールを把握してしまっている自分が滑稽だと思った。 そこから、あたしは隣のクラスに行って、前からあたしのことを良いなって思ってるとかいう噂がある野球部の話したこともない男の子に「一緒に帰ろう」と言った。 びっくりしてたけど、照れながら「良いよ」と返してくれた野球部員。跡部ほどではないけどそれなりにかっこいいと言われるんだろうな。ごめんね、君のことはなんとも思ってないけど、付き合っても良いと思う。正直あたしはさっちゃんと跡部以外はどうでも良いんだ。 できるだけよりそって、跡部の前を通りすぎた。決して跡部を見なかった。野球部員がしてくれる話なんか耳にちっとも入ってこなかったけど、できるだけ笑顔を作って空っぽの笑い声を響かせながら目線を下にして歩いた。 きっと跡部は白い息をはいて首をマフラーに顔を埋めて、あたしに視線も移さないで壁にもたれかかってるはずだ。あたしのことなんか待ってないように。 でもみんなが思ってるより強くない奴だから、口にする言葉より優しいひとだから、誰よりもあたしのことを好きって言ってくれるから。 涙が流れ出てしまわないようにあたしはギュッと瞼を閉じた。 きだ好きだ好き だ好きだ好きだ 好きだ好きだ好 きだ好きだ好き だ好きだ好きだ 好きだ好きだ好 きだ好きだ好き だ好きだ好きだ (伝えることの出来ない気持ちは空を舞って北風にさらわれた。) |