あたしの頬と髪を冷たい風がさらう。
あー。と声を出してみたら、声まで風にさらわれた。唇にピリリと痛みが走って皮が裂けたのを感じた。あーリップどこやったんだっけ。とか思いながらもまぁいいや、と無精なあたしも顔をだす。
当分、跡部に会う予定もない。テニスと学校で忙しすぎて、近くにいないあたしのことなど、どうでも良いみたいだ。




ちょっとそのツラ









先輩の彼氏って、あの氷帝の部長ってほんとっすか?」



一人だと思っていたこの場にいきなり発せられた声にびくりと肩がうごいた。
声の方を見れば、赤也が立っていてニヤニヤと何かを企むような笑顔でこちらを見ていた。





「うん、そうだよ。跡部景吾」
「俺。この前新人戦で東京いった時に見たっすよ」
「あーそうなんだー。目立つしね」
「それでね、先輩。試合終わった後、跡部って人、女の子とどっか行っちゃってましたよ。」


「え、!」



赤也がもたらした不幸宣告に、思わずへんな声がでた。




「肩組んでましたよ。浮気されてるんじゃないすかー」

笑う赤也になんてこと言うんだよ。とひとにらみして、カーディガンのポケットに手を突っ込んで携帯電話を取り出す。けれど、それは画面を開いた瞬間、あたしのはやる鼓動を裏切るように、ピーっという機械音を発して充電切れを知らせた。

しかたないので、赤也に携帯を貸してと頼むと、彼は「そんな修羅場に俺のん使わないでくださいよ」とへらへら笑いながら傷がいっぱいついた携帯を差し出した。



見慣れた番号を入力して、携帯に耳に当てるとコールが5回鳴って、聞き慣れた声が不機嫌そうに、聞き慣れた名前をあたしに告げた。



「もしもし?」
「ああ、か。何、しらねぇ番号からかけてんだよ」



不機嫌そうだった声が、電話の相手があたしだと判断した瞬間に少し嬉しそうなものに変わる。そんな甘ったるい跡部の行動も、今はあたしの苛立ちにしかつながらなかった。


「あたしの充電切れた。それより跡部さ、女の子と遊んでたってほんと?」



跡部の質問に簡潔に答えを出して、簡潔に質問する。
こういうのは、遠回しに聞くよりもさっさと聞いてしまった方が良いのだ。
遠回しに聞いても跡部は勘がいいからきっと気づかれてうまく逃げられてしまう。



「・・・あーん?誰がいってやがんだ?」


あたしの言葉を聞いた跡部の返答に、あたしは肩を落とした。
すぐ否定してくれるように願っていたのに、そうしなかった。
自信家の彼がそうしない、答えは=イエスだ。






「うちの後輩が新人戦の時見たって。」
「新人戦の後はミーティングしてったっつーの」
「樺地くんに聞いてもいい?」
「樺地に聞くのは・・・」
「嘘ついたの?」
「・・・・・・・」



跡部の無言は、降参の印だ。
あたしは大きなため息をついた。一緒に涙もでてしまいそうになったけど、ぐっと我慢する。このまま泣いてしまっても、話にならないだけだ。
さっき出してしまった息を取り戻すように、大きく深呼吸する。





「あたし、跡部のこと好き。でも、そういうの、やだ」



「すっごいやだ、でも、跡部のことはすっごい、好き」



「 おい、」







電話口で何か言おうとする跡部の言葉を聞かずに電話を切った。
最後の方は涙声になってたかも知れない。
恥ずかしいなと思って、隣の赤也を見ると、「先輩すごいっすね」と少しひいたコメントを頂戴した。




「何言って良いかわかんなかったから、自分の思ってること言った。」



携帯を返しながら照れ隠しを言うと、赤也はふうんと興味なさそうに呟いた。
跡部は頭が良いから、あたしが色々考えて責め立てたり、掴んだ弱みをかざしてもうまくいかない。跡部って人間と付き合ってみて、あたしが学んだことだ。
もう一回ため息をついたら、赤也の制服のポケットからはやりの曲が大きな音で鳴り響いた。





「うっわ、電話かかってきましたよ」
「もう出たくない。もう跡部としゃべりたくない」
「えー・・・はい。もしもし。俺は立海の切原です。…そうです、二年の」



赤也が緊張したように跡部に対応している。やな役任せてしまってごめんと心の中で手をあわせる。





先輩は、横にいるんすけど」
「出たくない。」
「出たくないって言ってます。…あ、そうですか。つたえとくッス。はーい」








「跡部さんが男の電話からかけてたのかよってキレてました。」
「何それ。最低。」
「その最低が、今からこっち来るから待っとけ。って」
「え・・・。」
「浮気した癖に、偉そっすね」
「怖い。なんだかあたしの方が浮気したみたいな気持ちだ。」
「どこまで逆らえないんすか」




赤也があきれたようにあたしを見た。
だって、跡部はきっと自分が人より上にたつ課程を楽しむ様な人だもん。
あたしがつっかかっていったら、それこそ喜んでその勝負を受けるに違いない。
そうしたら、あの生まれつきの自信と人の弱い所をすぐ見抜く勘の良さ、それに頭の切れる跡部から発射される機関銃の様な言葉の数々で、どんなにあたしが優位な立場にいても、ぐるりとひっくり返され、最後にはごめんなさいと言う羽目になるのだ。

付き合い始めた頃の些細な喧嘩から発展した、悪夢の様な出来事を思い出す。





「自分を弱くすることで、跡部をおさえようとしてるのって・・・ずるい?」
「マイナス思考すぎー。責め立てるより、好きって言ってる方が可愛いっつの」
「赤也・・・。良い奴だね」
「っす。」
「あとね、跡部の好みのタイプって、気の強い人なんだよ」





少しの沈黙の後、赤也が口を開いた。


「大丈夫っす。先輩は気強くはないっすけど、最強です。」



そんな赤也の言葉を聞きながら、無くしたリップを探すあたしはやっぱり最強にはなれないと思った。



---------------------------------09.12.19
別にどっちも強くないって話。