跡部があたしと別れて一週間もしないうちに作った新しい彼女は学校一可愛くて、頭の良いバイオリンが得意な女の子(まぁ、いわゆるマドンナ)だった。


(うぜーお前はのび太かよ。)








周りは、あの子とだったらお似合いだし、長続きするだろうと噂した。




(悪かったね!)





































あーほんとイライラするー。
あたしは朝から痛い頭と胃を押さえて思った。原因はもちろん跡部とマドンナだ。
跡部と別れたことも その後すぐにお嬢様と付き合ったのも すごくイラついた。あたしはこんなに跡部のことでイライラするのに、跡部はすでにあたしより何倍も可愛い子と付き合っている。その事実があたしの脳みそと胃をえぐっているのは確かだった。
でも、それを自分で感じる度に、気分は重く憂鬱になっていく。跡部なんか、と思うのだけれど、どうしても気になる。跡部が。跡部の隣で笑う女の子が。
あたしはこんなに未練たらたらな女だったのか、自分に落ち込む。

















「顔色悪いよ、。大丈夫?」




優しい声に机からだるい顔を上げると、声をかけてくれた同じクラスのジローくんは、心配そうな顔をしてあたしを見てた。周りからみても、あたしが弱っていることなんかバレバレなのかと思って、ため息をつく。でもそんなことを気にする余裕なんか、今はない。






「ん、ちょっと寝不足。次の時間、何だっけ?」
「選択だよ」


「あー、ありがとう。」




跡部のことには何も触れないでいてくれるジローくんに、心の中で感謝した。
次の選択授業は隣のクラスの跡部とマドンナと一緒になってしまう授業だったので、あたしはさぼりを決めた。とりあえずこの教室は違う授業で使うみたいなので、自分の席をたって廊下にでる。ジローくんは理科室らしく、反対方向にむかうジローくんにゆるゆると手を振って、あたしは階段の方へとむかった。






(屋上か、中庭にでも行こうかな)






そう思って、教師が通ってこなさそうな道を選んでフラフラと歩く。



昨日は本当に眠れなかった。昨日だけじゃなくて、毎晩なんだけど。
食欲もあまり無くて、今日も朝ご飯を食べてない。その原因が全部、跡部だと思うと、またイライラした。それほどあいつの事が好きだったのかなんて、認めたくないな。そんなことを考えて、また気持ちが沈んだ。




ムカムカする胃を押さえながら歩いていると、前方の曲がり角から教師よりも会いたくない奴がでてきた。






(跡部だ。)







あたしはこの最悪なタイミングにうんざりしたけど、跡部の姿を見て逃げるのも嫌なので、廊下の左の壁に寄りかかってズルズルと前に進んで、何事もないように通りすぎようと心に決めた。跡部だってあたしの様子を察してくれるだろう。












「おい、





けれど跡部はすれ違う直前に、いつものように尊大な態度で声をかけてきた。




「・・・」
「おいって」
「何」





初めは無視してみたものの、跡部は諦める気はないみたいだった。あたしは鬱陶しさを表して、跡部の方を振り返る。






「お前、どこ行くんだよ?次、選択だろ?」
「いいじゃん別に」






あたしにとって本当にどうでも良い質問だった。
そんなこと、全部察してくれれば良いんだ。こないだまで、一緒にいたんだもん。わかるでしょ?あたしが嫌なものから逃げ出す癖があることくらい。








「別にじゃねぇよ、授業でろよ」
「関係ないじゃん」
「関係なくねぇよ、だいたいお前寝てねぇんだろ?行くなら保健室行けよ」






あたしの態度に跡部がイラッとしたのがなんとなく解った。跡部はそう言って、あたしの腕をつかもうとした。けれどあたしはその跡部の手を振り払う。
名前を聞くだけでも嫌な跡部とこれ以上かかわりたくなかった。





「ほっといてよ!何?もう関係ないじゃん」




あたしのそんな言葉を受けて、跡部は一瞬間抜けな顔になってたけど、すぐにムスっとした。きっと気分を悪くしたんだろう。あたしは悪いとも思わない。







「可愛くねぇな」






そう出された言葉にあたしはさらなるむかつきを覚え、「可愛かったら別れてねーだろ」と言う言葉を心の中に押し込んで、早足で曲がり角を曲がり、階段を降りた。
早く跡部の前から姿を消したかったし、頭の中にあの声が響くのも嫌だった。


跡部は追って来なかった。








中庭にでると、一番人目に付かないベンチに座り、少し泣いた。今まで泣くことはあんまりなかったのに、きっと跡部と会ったせいだ。自分でだした結論に「また跡部か」と思って、自分の弱さへの嫌悪感が積もっていく。

跡部は今頃、選択授業でマドンナと隣同士の席で楽しく授業をうけてることだろう。
ちょっと前まではあたしが跡部のとなりだったのに。
そんな事を考えてると、もっと涙がでそうになったけどまだ学校があるしみんなに赤くなった目を見せるわけにもいかないのでぐっと我慢した。
それに、ボロボロなくと、跡部がいないと駄目な子のようで悔しい。




チャイムがなっても、まだ少し目が心配だったので次の時間もベンチに座って空を眺めていて、次のチャイムはもうお昼休みを告げるものだったのであたしは重い腰をあげて教室に戻った。








お弁当は手をつける気にもならず、同じクラスの宍戸にあげた。

宍戸は「お前、ちゃんと食えよ」って心配してくれたけど、「どうせ食べないから宍戸がもらってくんないなら捨てる」って言うと、少しためらいながらもお弁当を受け取ってくれた。宍戸みたいに、優しい彼氏が欲しかったなって言うと、宍戸は少し怒った目で「くだらねぇこと言うなよ」とたしなめるようにあたしを睨んだ。





午後の最初の授業は体育で、この授業も跡部のクラスと合同だったけど、男子と女子は別れているし、これ以上友達に心配かけるのも嫌だったので、授業にでることにした。友達が「大丈夫?」って心配してくれる。少し、気持ちが軽くなった。




でも、いざ授業が始まって、フットサルの審判をしている時も、グラウンドの反対側でサッカーをしている男子の中に跡部がいるのかと思うと空っぽの胃が重くなった。
それに、顔を赤らめたマドンナとその友達が跡部をみて何か言っているのも気に食わなかったし、あたしに気を遣って小さな声で話している様子がまるわかりなのもすごくイライラした。そしたら、嫉妬でぐちゃぐちゃになった自分への嫌悪感が何倍にもふくれあがる。いやだ、やめて、何も見たくない。











男子の一試合目は跡部のクラスが勝っていた。なんだ、ジローくんはともかく宍戸はもっと頑張れと、心の中で宍戸に八つ当たりをする。そんな宍戸を見ると、跡部と何か話してる最中だった。




(宍戸も跡部の味方かよー)




地面の砂を蹴りながら、くだらないことを思う。
顔を上げると、宍戸と話していた跡部がこっちに早足で歩いてくるのが見えた。マドンナに勝利の報告でもするんだろう。やっぱり体育も休めば良かったと血の気がひいていく頭で思いながら、あたしの記憶と視界はブラックアウトした。





















目が覚めるとそこは保健室だった。
状況がよく解らなくて体を起こせば、ベッドの脇の椅子に跡部が座って本を読んでいた。あたしは一瞬、付き合っている時まで時間が戻ったのかと寝ぼけたあたまで錯覚した。


でも、「よお。」と言った跡部の声にまたずきんと頭が痛んだので、何も変わっていないと思い直した。窓の外をみるともう薄暗くなっていて、跡部が「今は6時すぎだ」と教えてくれた。






「お前、体育で倒れたんだぜ。貧血とストレス性の胃炎だとよ」






跡部が言う。ああ、そうか。と思いながら、窓の外を見つめる。野球部のかけ声が聞こえてきて、吹き込んでくる風があたしの頬をなでた。
跡部に聞きたいことはたくさんある気がしたけど、あたしは黙っていた。








「お前、飯ろくに食ってねぇのな」
「寝てもねぇんだろ?」
「それにくわえて、なんだよ、ストレス性胃炎って。」






あたしの答えは期待してないように跡部は間を置かずに質問を投げかけてくる。跡部にこれ以上に弱いところを見せたくないあたしは、やっぱり跡部の方に顔をむけることができない。そんなあたしに跡部はため息をつく。








「ほんとお前、俺がいねぇと駄目だな」






あきれた様に言う跡部。あたしの中に今まで跡部に言えなかった感情が吹き出す。








「じゃぁ、なんであたしから離れたの?あたしは跡部がいないとダメだよ、跡部は別に、あたしがいなくても平気なんでしょ?何でいつまでもあたしに構うの?早くあの子のとこに行け!」






怒鳴った後に、跡部にあたしの弱さを見透かされてしまった悔しさとそれを自分自身で思い知った情けなさでボロボロと泣いてしまった。
そんなあたしを見て、跡部は悲しいような嬉しいような顔をする。そして、あたしの顔に触れる。びくんと、あたしは自分の肩が震えたのがわかった。

跡部が、あたしの前髪をなでるように触った。






「お前がそんなだから、俺もこんななんだろ」








わけがわからなかった。
そんなことは、あたしの責任にされても困るし、傷心にひたるくらいしたって良いじゃないか。そもそもお前は新しい彼女と次の幸せを見つけてるじゃないか!








「ずっと寝てないって聞いて心配だったのにお前は素っ気ないし、そのわりに授業さぼって一人で泣いてやがるし」






(それって今日の、中庭の)


跡部はあたしの混乱をよそに話し続けた。







「サッカーの時、宍戸がおまえが何も口にしてないなんてこと言うから行ってみればぶっ倒れてやがるし」






跡部は今まで見たこと無いような悲しそうな顔をしていた。
あたしはそんな跡部を前にどうしていいのかわからなくて、「跡部、部活は?」とあんまり気にもなっていないことを質問してしまった。






「さぁな」


「さぁって・・・」







偉そうだけど、あんなにも責任感の強い跡部が「さぁ」と言ったことにはビックリした。そして、あたしは跡部の気持ちがわかってしまった。

そのついでに涙も止まったので、あたしはニッコリほほえんで、言った。





「跡部もあたしがいなきゃ駄目じゃん」






跡部は少し間をおいて、「そうかもな」と、自嘲気味に笑って答えた。




















後で友達に、「びっくりしたよー、体育の時の跡部くん、”にさわるんじゃねぇ”ってすごい剣幕で走ってきたんだもん」と言われて、あたしは久しぶりに幸せで死にそうになった。幸せすぎたので、跡部をからかうのはやめておこう。






------------------------------




あとべくん だって。(修正中)



--------------------------2005.09.16



2010.03.07再録。