「日吉くんって甘いの好きだと思う?」


鳳に聞いたら、「日吉、濡れせんべい好きだよ」と微妙に参考にならない答えが返ってきました。






Happy Valentine's






変な冒険はせずに、スタンダードに作ろう。チョコクッキーとかいいんじゃないかな。



”彼のためのバレンタインデー”という、親に見られたら自殺したくなるようなタイトルの本(友達に借りた)の最初の方のページを開いてつぶやいた。最初の方にのってるから、きっと簡単だろう。失敗しても、チョコはお徳用の特大サイズを買ったから、いくらでも作りなおしがきくはずだ。

さぁ、明日はバレンタインだ。家族の寝静まった真夜中のキッチンで意気込む。あたしだって、いつもおどおどしてるわけじゃないんだぞ、と日吉くんのはにかみ笑いを想像しながら、腕まくりをした。
ちなみに、日吉くんのはにかみ笑いは見た事ありません。










「・・・・・・・」




ピンクの包みを開けて、現れたそれを前にした日吉君の顔ははにかみ笑いどころか、あきらかに戸惑っているようだった。表情は全然変わってない様にみえるけど、上の瞼が一瞬だけぴくっと動いたから。
あたしだって日吉君との関係に後ろ向きなわけじゃなくて、最近は無表情な日吉君の小さな変化を見分けられるようになってきている。





「これ、なんていう種類のチョコだ?」


日吉くんのその質問は、手元のチョコのビジュアルを遠回しに評していた。
だから、家帰ってから開けてっていったのに。と心の中でちょっと泣いた。






「種類でいうとオリジナルなんだけど・・・」


「?」


「あのね、本当はクッキーとかケーキ作ろうと思ったの。でもなんかすごい焦げちゃって、作り直そうと思ったんだけど、小麦粉も無くなっちゃって。それでチョコレートだけ余ってて、日吉君濡れせんべい好きって聞いたからお家にあったおせんべいをつかって・・・」



「・・・」




あたしのいつもながらの言い訳に、日吉くんの表情がどんどん固まってくのがわかる。
日吉くんってなかなか変わったものが好きだから、珍味的な路線にかけてみたのにやっぱりだめだったみたいだ。
こんなことなら、コンビニで売ってるチョコにすれば良かったかなぁ。





「せんべいにチョコかけたって、ぱりぱりしてそうだな」


「おせんべいは水で濡らしたから、ぱりぱりはしてないよ?」


「・・・・・・」


「日吉くん、あの、だめそうだったら・・・あたし買い直して・・・」


、」



あたしの言葉を制すように日吉くんはあたしの名前を呼んだ。
そして、手作りの濡れせんべいチョコをひとつ口にいれて、顔をしかめながら顎をうごかした。




「まずい」

「ごめん」

「でも、が作ったから食べるしかないしな。」

「ごめん」

「来年は失敗しないように作ってくれ。」

「・・・うん。」




触感が悪すぎて、なかなか飲み込めないのか、ずっと口を動かしながら淡々と喋る日吉くんに返事をする。来年はもっと頑張ろう。”彼のためのバレンタインデー”を自分で買い直そうかなと思いながら、ああ、あたし日吉くんのこと好きなのか、とお腹の辺りにはい上がってくるなんともいえない感覚を漠然と感じた。



-------------------2010.02.12
とうとう好きになった。(好きにされた。)