「あ、ねぇ。仁王って甘いの大丈夫だっけ?」


「何の質問じゃ?」


「ほら、もうすぐバレンタインだから、」



あたしが言い終わる前に、仁王は「ブン太にでもやっときんしゃい」と興味なさそうに言い捨てて、さっさと自分の席を立ってしまった。もうすぐ授業始まるのにな、またさぼりかぁ。












「おい!!」


放課後の人が行き交う校舎の階段でブン太の怒気を含んだ声に振り向けば、声色の通りの顔をしたブン太が立っていた。




「何?チョコなら朝あげたじゃない。」


他にも配らなきゃいけないんだから、と手に持った箱をブン太に向かって振った。
けれどブン太は落ち着きを取り戻さない。なんだ、相当な食べ物の絡んだ問題なのかなと感じていたら、その通りの内容をブン太は叫んだ。




「そのチョコ、仁王がとってったんだよ!」


「えー、そんなのあたしに言わないでよ。」


「お前から貰ったやつだけ持ってったんだよ。」





ぶすーっとむくれるブン太の言葉に先日の仁王との会話が思い出される。
バカというか、子供っぽいというか、ブン太からチョコを抜き取った姿がすぐに想像できて少しあきれる。





「取り返しとくよ。早く部活いかなきゃ真田に怒られるんじゃないのー」




笑いながらそう言うと、ブン太は「あ、やべぇ」と呟いてから、体の向きをくるりと反対方向にむけた。そして顔だけこっちに向けて「絶対とりかえしとけよ」と言い放ってテニス部の部室のある方に走っていった。

あたしはその足のまま階段を登って、屋上へ向かう。今日は六限目に体育があったので、すぐには部活に行ってないはずだ。


屋上のドアをあけると、予想通り仁王が一番陽の当たる場所に寝っ転がっていた。
そして近づいたあたしに気付くと、「か」と名前を呼んで目を細めた。




「仁王。ブン太にチョコ返して」


「もう食ってしもうた。」


「じゃぁこれいらない?」


たしなめるようにあたしが言う。いつもの何かを含んだような笑顔をした仁王に、手に持っていた箱をさしだした。
仁王が盗った、ブン太のよりも一回り大きくて包装に使ってるハートの数も多いやつだ。



「なんじゃ。俺の分もあったのか。」


仁王がその箱を見て呟く。
拍子抜けしたその顔に、詐欺師とも呼ばれているこの男を可愛いと思ってしまい、あたしは仁王の髪をくしゃりとなでた。




「当たり前だよー。無いと思った?」


「朝と昼会った時、もらえんかったからな。」



仁王があたしから箱を奪い取って、包装紙をカサカサと音をたてながら剥いていく。
白くてきれいな仁王の手が箱の蓋をとると、形良く並んだ小ぶりのチョコが顔を出した。ブン太のはスーパーで買ったやつだけど、これは東京の可愛いお店にいって買ってきたやつだ。



「なんじゃ、ブン太のはでかいハート型じゃったのに」


「え!嘘!あれ本当にたべちゃったの?」


「ああ。」


「えー後でブン太に買ってあげなきゃ、」



面倒だなという気持ちを込めて仁王に少し避難のこもった目を向ける。
そしたら仁王は謝りもせずにちょっとだけ拗ねたような口調であたしに告げた。




「ダメじゃ。がバレンタインをやるのは俺だけでええんじゃ。」





「寒い」といって、あたしの体に巻きついてくる仁王の骨張った腕を受け入れながら、ブン太にあやまらなきゃいけないなぁ、と頭の中でボンヤリ考えた。





Happy Valentine's





-------------------2010.02.12
あれ?何か仁王がかわいめになった気がする。