英語の時間、先生の眠りに誘うような呟きを右から左へと聞き流しながら、あの細い首がピクリとも動かないのを眺める。













あたしの隣の列の前から2番目の席には白石蔵ノ介がいる。
なんとあたしの付き合っている人で、格好良くて、優しくて、スポーツ万能で、頭も良くて、文句なし100点の男の子。もちろんあたしはメロメロで、授業中も先生の話なんかそっちのけで、白石の跳ねた髪の毛や彼の丁寧な板書の仕草にじっと見入ってしまう。




成績なんて、多少下がっても良い。あたしの中にそんな怠惰な考えが過ぎる。完璧な男の子の彼女なのにって思うかもしれないけれど、テスト前に「授業中によそ見ばっかりしてるからやで」と、優しく言い聞かされるのも、白石の彼女の醍醐味なのだ。












「あんなんのどこがええねん」




白石の列の一番後ろの席の、つまりあたしの隣の席の忍足謙也が、呆れたように言う。きっとあたしが熱心に白石のことを見つめていたのに、我慢がならなかったのだろう。
















「全部いい。全部めっちゃ好き。」
「えー、でも包帯まいとんで?」
「それは遠山くんを扱うためやん。」
「毒草好きやで?」
「ちょっと変わった趣味くらいで気にならへん。」
「バイブルやし」
「自分やってスピードスターやん。」
「エクスタシーっていうで?」
「え?普段も言うてんの?」








謙也の言葉に思わず聞き返してしまう。








「言うてんで。試合で自分のショット決まった時とかに。」















あ、エクスタシーって言うんはエッチの時だけやと思ってた。って思わず呟いてしまい、謙也が「うわ、そんなん知りたなかったわ。」と、それはそれは嫌そうに思いっきり顔をしかめた。




そうか、テニスしながらのエクスタシーって決め台詞はちょっと変かもしれない。そもそもなんでエクスタシーって言ってるんだろう?あたしの中に、ふと疑問が浮かぶ。















エクスタシーエクスタシー・・・






手元の電子辞書で調べてみる。




『快感が最高潮に達して我を忘れてしまう状態。恍惚(こうこつ)。忘我。法悦。』






???
あれの時はともかく、テニスってそんなに気持ち良いものなんかなー?でも、白石のテニスって派手なわざとか使わんってゆってなかったけ?















「ちゃうで、絶頂って書いてエクスタシーやねんで」









あたしの辞書を横からのぞいた謙也が口をはさんでくる。
その言葉に、あたしはますます頭がこんがらがる。



絶頂?
絶頂絶頂絶頂・・・











絶頂の意味も調べてみたけど。『山の頂上。頂』とかしかのってない。当たり前のことだけど、白石がなぜそんな言葉を使っているのかをあたしには教えてはくれない様だった。


今までナチュラルに口にしすぎてて、理由なんか聞いたことなかった。あ、でもあたしが白石のエクスタシーを耳にする時はこっちもいっぱいいっぱいやから仕方ないか。先生が流すリスニング用の音源をBGMにしてそんなことを思っていると、また口にでていたらしく、謙也が横で「ほんまにお前らの事情とか知りたないからやめて」と泣きそうになっていた。






でも、今は好きな人である白石のことが気になってしまい、謙也のことなんて頭に入ってこない。


なんやろ、エクスタシーって?
教卓のラジカセに耳を傾ける白石の後ろ姿を見つめながら考える。














エクスタシーエクスタシ




ーエクスタシーエクスタ




シーエクスタシーエクス




タシーエクスタシーエク




スタシーエクスタシーエ




クスタシーエクスタシー




エクスタシー・・・



















































あれ?白石って格好よかったっけ?







エクスタシーの






ゲシュタルト崩壊。















(「今更かい」謙也がやっぱり呆れたようにつぶやいた。)



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スクエアの4月号読んで、「あ、テニスって何やっても良いんだ」て思った。