「仁王くんって、あんたのこと好きらしいよ?男子が言ってた。」 その噂を友達から聞かされたのは春休みに入る前だった。 仁王くんとは同じクラスだけどそこまで仲が良いってわけでもなくて、挨拶とか用事があったら話す程度だった。彼に好意を持っている女の子は少なくないし、積極的に仁王くんに話しかけにいってる女の子との方が断然親しいように見えたし、彼があたしのことを好きになる要素やきっかけはこれといって思い当たるものもなかった。 「いいじゃん、仁王くん格好いいし」「でも、ちょっと誠実さが足りないよね」なんて、その場で盛り上がる友達に「何言ってんの」とあたしが笑い事にしてその話は終わった。 けれど言われた張本人のあたしは、事実かそうじゃないかなんて関係なく仁王くんを視界の端で捉えるようになってしまった。つまり、仁王くんのことを意識してしまうようになった。そんな噂ひとつで単純な。と自分でも思うのだが、教室で仁王くんがあたしの側を通る時、授業中に仁王くんが机に突っ伏している時、テニス部の活動しているコートの横を歩く時、あたしは常にあの白い髪を横目で見た。 でも結局、仁王くんがあたしに話しかけたり、アクションを起こすことは一切なかった。やっぱりあんな噂、信用しちゃいけないと少し落ち込んだ頃に春休みがやってきた。 春休みに入って学校にいかなくなると、あの噂の事実関係はますますはっきりせずあたしは仁王くんどうなの?と一人で悩むばかりになった。 その気持ちは「今年も仁王くんと同じクラスになれれば良いな」という季節同様に桜色に染まって、あたしにまだ恋ともいえない淡い感情を抱かせた。意識したとたんに仁王くんの声が耳に届くようになり、部活を一生懸命している姿、授業のノートは意外と取っていることを発見してそんな風になるなんて、やっぱりあたしは単純みたいだ。 そんな感じで春休みを過ごしていた時、あたしはコンビニで仁王くんに偶然会ってしまった。部活の帰りの様で、ジャージにテニスバッグを担いでいる仁王くんはあたしを見つけるなり「よお、」と実ににこやかに声をかけてきて、あたしはクラスメイトという立場上、やっぱり笑顔でそれに返すしかなかった。もしかすると自分のことが好きかもしれない男の子、しかもあたしもなんとなく意識し始めている子に自然な態度がとれている自信は全くなくて、曖昧な返事しか返せなかったけど仁王くんは「昨日までは寒かった」と話しだし、私たちはコンビニの前でしばらく談笑した。 「あ、あたし友達の家に行くつもりだったんだ。ごめん」 話が一区切りついたところで、”買ったお菓子を持って友達の家に行く”という本来の目的を思い出した。仁王くんに「それじゃぁ」と手に持ったビニール袋ごとガサガサと手を振って背をむける。 「待ちんしゃい、」 けれど、仁王くんの声に名前を呼ばれて、あたしは再びそちらの方を振り向いた。 いつもの何かを含んでいるような笑みを浮かべた仁王くんはコンビニの前に止めてあるバイクに寄りかかってこちらを見ていた。 「俺、のことが好きじゃよ?」 あたしの心臓がドキリと鳴って、「え」というかすれた声が口からでた。まさか、このタイミングで、と予想もしていない事態にあたしの思考がついてこない。 仁王くんはそんなあたしを見て、また口を開く。 「今日、何の日か知っとる?」 「今日?何の日?」 「エイプリルフールじゃ」 そう言ってから、仁王くんは今までの薄い笑みとはちがって、今度は大きくニヤリと笑った。 それって、さあ・・・ 愕然としたあたしが口を開く前に仁王くんがまたあたしに笑いかける。 「でも、俺が流したのこと好きって噂も嘘じゃ」 もう意味わかんない。あたしは仁王くんに少し腹が立って、なんだこいつという気持ちが自分の中に芽生えるのを感じた。最近の一件で、仁王くんのテニスしてるとこ格好いいなんて思っていたのに。人のことを騙してからかうって本当だったんだな。 あたしが仁王くんの言葉を頭の中で整理しつつ、毒づいている間に、仁王くんはとても楽しそうにしながらあたしに手を振った。「クラス替え楽しみじゃのう」という言葉とともに。 どっちの意味で?と聞こうとしてやめた。この調子じゃきっと本当の事なんて答えてくれないだろう。でもこのままじゃ悔しいと、あたしも負けずに仁王くんに声をかける。 「あたしは仁王くんと同じクラスになりたいな。」 あたしのこの気持ちはこの数週間で仁王くんのことを散々意識しまくって抱えてしまった本当の気持ちだ。でも、あたしがそんなことを言葉にするなんて予想してなかったのだろう、少し驚いたような顔をして振り向いた仁王くんに言う。 「仁王くん、今日エイプリルフールだよ?」 甘い嘘から始まった (少し複雑そうな顔が見れたので今日はよしとしよう) ------------------------10.04.01 |