あれから何度も季節が巡った。鉢植えのバラが母の努力でなんとか花が咲くようになり、あたしは高校生になった。売れてるかも微妙なお笑い芸人の真似をしてはしゃいでいた小さなあたしは、都内の有名な氷帝学園の制服に腕を通しても様になるように成長した。 というか、小学校の高学年にさしかかったあたり、まわりの女の子が成長するにつれ、あたしの遊びを相手にしてくれなくなった。危うくクラスから浮かび上がりそうになったので、そういうふざけ方をしてはいけないとバカなりに悟った。流されやすいあたしは、他の子と同じようにドラマを見たり歌番組を見たりするようになった。いわゆるキャラ転向だ。 中学校にあがると、たまたま周りの女の子がみんなおませさんだったせいか、あたしはおしゃれにも気を遣うように、みるみるうちに普通の女子に変わった。(と、小学校から一緒だった明るい男子に言われた。) 先輩、同じクラスの男子、電車に乗った時にもチラホラと視線を送られていることに、気づかないわけでも無かった。 あたしはそれなりの容姿をしていたみたいだ。というか周りの環境が大きかったと思う。やれ「この髪型が似合う、この服が流行ってる」っていう話題ばっかりだったし。 そうなってしまえば、あたしは気をはらなくてすんだ。流行にのってなくても、お笑い番組を見まくっていても、”可愛いのに意外”とか”ギャップ”とかのプラスイメージへ導かれた。さすがにモノマネはしなかったけど、以前みたいにみんなの話題についていったりするのは止めて、自分のペースで自分の好きなことをするようになった。中学校後半になると、友達ともだんだん関係が深まって、ちょっとのことじゃ壊れなくなったからかもしれない。 ところが、入学してみた氷帝は馴染みづらかった。いや馴染めないことはないし、クラスメイトとも普通に話をする。グループ学習の時だって、ちゃんと組める相手はいる。お昼を一緒に食べようと言ってくれる友達もできた。でもやっぱり、気を張らなくて良いという程ではなかった。 氷帝は周りの半数が付属中学からの持ち上げできた子達で、あたしと同じように外部の中学からの子はこの学園に猛烈に憧れて受験した子が多かった。中学の先生に「さんは、ここが丁度良いんじゃないですかねぇ?」とのんびりした口調ですすめられたからという以外には特に理由もなく氷帝に入ったあたしは、中等部からの持ち上がり組のなんだかブルジョアで馴染めない感じ、あこがれの氷帝に入って浮かれモードの外部組、どちらともずっと一緒にいて過ごしたいとは思わなかった。 あと、もうひとつ理由があった。 学園の一角に、温室があった。中庭の奥の少しわかりづらい場所。そこには、いつも白衣を着た年配の生物の先生がいて、彼が育てた植物がびっしりと生きていた。その中には大ぶりのバラも何種類か咲いていて、あたしは入学当初に迷い込んだ日から、すっかりそこが気に入ってしまった。先生はあたしのクラスの担当ではなく、彼の授業を受けたことはなかったけれど、あたしを温室に快く迎え入れてくれて、よくおすすめのお茶を振る舞ってくれた。 あたしは昼休みや放課後にその温室で過ごし、たまに先生が出張に行ってしまう期間や土日には、先生の置いていったメモを片手に植物たちの世話をやいた。 なので、ずっと一緒にいる友達を作る必要性も特に感じなかったし、最低限の付き合いだけで、ある程度は自由にしてくれそうな子との付き合いが自然と増えていった。 たまーに、あたしが中庭に行く後を追ってくる男の子もいたけれど、そういう時は「今日は一人になりたいから、また今度ね。」と満面の笑みを作った。なぜか温室に愛想笑いばかりしなきゃいけない人をいれるのはためらわれた。 でも男の子に興味を持たれるのは嫌じゃなかった、教室では男の子達と話すのも楽しかったしクラスメイトたちと女子特有の話もできた。お笑い番組の話は誰もしなかったし、言い出してものってくれそうな気配は無かったから、できなかったけど…。 「ちゃんの意外とお笑い好きなとこ、良いよねー。」と言ってくれた中学の同級生がいなくても、あたしに意外性はなくとも男の子達は何かとあたしを気にかけてくれたし、でもすごく仲良くすることも無かった。誰か一人とでも甘えた様な関係を周りに感じられて、女の子の嫉妬を買うのは面倒くさかった。面倒でも、仲良くしたい相手なんていなかったので、それなりにみんなに愛想を振りまいていた。 だから氷帝に入ってしばらくて、話題の跡部景吾があたしの顔を見て声をかけてきたことも。そこまで不思議では無かった。まぁ、今までと比べたらすごいの来たなとは思ったけど。 その時、あたしは珍しく友達とラウンジにいた。中庭の奥にばっかりこもっていないで、たまには一緒にランチしようと誘われたからだ。お昼を購入するためにメニューを眺めていて、少し離れて跡部景吾とその取り巻きがいて、跡部景吾の視線があたしにむいてたことも、特に気にならなかった。で、入学して2ヶ月、仲良くなったばかりの友達が「!」とあたしの名前を呼んで近づいてきた時、跡部景吾がツカツカとあたしの方に歩いてきて、「お前、っていうのか?」と偉そうに訪ねた。 「うん、そうだけど。」 「へぇ、」 跡部があたしをジッと見る。その瞳は同じ年の男の子にしてはやけに鋭くて、居心地が悪い。彼はあたしを品定めするかの様に見るのを終えてたら、そのうすい唇に少しの笑みを乗せて口をひらいた。 「お前、あのモノマネ、まだやってんのか?」 「え?」 「ほら、あのバカヤローって「わぁ」 突然出したあたしの大声に隣にいた友達が驚いて、「、跡部様と知り合いなの?ってかモノマネって何ー?」と興味津々に聞いてくる。 少しドキドキする胸を押さえる。跡部景吾が昔していたモノマネを知っている理由に心当たりはないけれど、仲良くもない相手に笑いながら、そんなことを聞かれて気分は一気に悪くなる。たしなめる様に跡部を睨むと彼の表情はちょっと不機嫌なものに変わった。 「お前、覚えてねーのか?相変わらずバカだな。」 その横柄な態度に、あたしはかちん、ときて隣の友達を「行こう。」と急かして跡部景吾の横をさっさとすり抜けて、ランチメニューをとりに向かった。友達が、「どうしたの?が怒るなんて珍しいね。」と不思議そうな顔をしている。あ、あたし今ちょっと素に戻ってるんだ、と思いながら、キレイに盛られたサラダをトレーにとる。 背中に彼の視線を感じたけれど、気にしなかった。多分、あたしが小さい頃に遊んでた友達の中にいた子なんだろう。公園で遊んでたら、他の学校の子も混じってたから。 でも、あんなお金持ちで性格の悪そうな子供、いたっけ? それが先週のこと。それから「跡部様がバラの香りのする女を捜している。」という噂があたしの耳をちらりと駆け抜けたすぐ後。跡部景吾がやっぱり偉そうな態度で、でも取り巻きは連れずに一人きりで、温室でバラの枯れた葉っぱをとっていたあたしの前に現れた。 ← → ------------------------------2012.02.27 ピントがずれてきた、やばい |